心臓がたりない
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「能力については、実際にお見せ致しましょう。」
すくっと立ち上がり、不気味な薄ら笑いを浮かべながら芝居がかった身ぶり手振りで話すシャクラ。
―確か、シャクラが一度部屋から出ていったときだったか。扉の開く音もなく再びシャクラが部屋に現れた際に、ヤオガがシャクラに能力を使ったな、みたいなことを言っていたような。
「じゃあいくよー、ちゃんと見ててね!透子ちゃん!」
「あ、ああ。」
所謂投げキッスというものを私に向けてきた。…人生で初めて生の投げキッス(しかも自分に向けて)を見た。
「うぜぇ。」
「ちょっとヤオガくんすねを蹴るのはやめて!」
「…おまえら仲良いよな。」
「どこがだよ!!」
「そうさ!僕らは幼馴染みだもん。」
「へー、幼馴染みかあ。」
「馴染みなんかじゃねぇよ。ただの、腐れ縁だ。」
“ただの”をやけに強めて言ったヤオガ。
「照れ屋さんは放っといて、さて!では今から僕の能力を披露しまーす。」
パチパチと、シャクラの拍手の音が響いた。
―果たして、一体どのような能力を持っているのだろうか。壁や扉をすり抜ける能力?瞬間移動できる能力?特殊能力持ちという漫画やドラマのような展開に、思わず胸を躍らせていた。私もやはり高校生だなあ。
まだふわふわと実感のない現状だが、熱を帯びている先程つねった頬が、これは現実だぞと告げてくる。…本当に、どうしていきなりこんなことになってしまったのだろう。それに、考えないようにしていたが…私はきちんと家に帰ることができるのだろうか。今まで逃げようと出てきた扉を目指していたが、今現在もクローゼットと繋がっているかどうかは分からないのだ。ヤオガとシャクラが素直に帰してくれるかも怪しいし…ああ、家に帰りたい。
「何考えこんでんだよ透子。」
「え、いや何でもな……あれ?」
声がした方に目をやると、ヤオガがいた。声や話し方もヤオガだったので当たり前なのだが…おかしい。
ヤオガが、二人いるのだ。
え、え、と声をもらしながら、二人のヤオガを交互に見た。座っているヤオガは溜め息をつき、立っているヤオガは得意げな顔をしている。あ、駄目だ。余計に混乱してきた。
「へへーっ!びっくりした?」
突然、立っているヤオガがにぱっと性格にそぐわない明るい笑顔を見せた。
びっくりしたも何も、ただただ頭上に疑問符が浮かび上がるばかりだ。
「俺の姿で気持ち悪ぃことすんなっつってんだろ。」
「別に気持ち悪くないでしょ。」
「鳥肌がたつんだよその言動…!」
「うわ、それ僕のこと否定してるのと同じだよ!?ひどい!僕はとても傷ついたよ!」
「やめろ!泣くな!」
何とも異様な光景だ。ヤオガがヤオガを泣かせている…。
しかし、特に察しがよくなくても簡単に分かった。
「シャクラの能力は…。」
「そう!僕の能力は、自分の姿を好きなように変えることができる能力なんだ。」
語尾に音符が付きそうなくらい上機嫌にそう言ったあと、シャクラは指を鳴らした。その瞬間、そこにはいつものシャクラの姿があった。
「つまり、さっきのイケメン度が増したヤオガくんは僕でしたー!」
「なよっちさの間違いだろうが。ったく、まじで寒気がしたぜ…。」
「…すごいな、シャクラ。」
「ん、惚れちゃった?」
「どうしてそうなんだよボケ!」
―すると始まる何度目か分からない掴み合い。血の気が多いなこいつらは。いや、主にヤオガが。
シャクラの能力が自分の姿を変える能力ということは、だ。部屋に扉を開けずに入ってきたときのトリックは、自分をかなり小さくし、扉と床の隙間からでも入ってきたのだろう。それから私とヤオガのそばまで来て、元の姿に戻ったのだ。…成る程、一つ疑問が解けてすっきりした。
―そしてまた、現実を突きつけられた。
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