短編

□怪我の功名
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 夜中の任務で平門が怪我をした。

 朝起きて、與儀たちが慌てた様子で艇内を走り回っていた。无は羊を抱いて泣きだす。
 いつも冷静なツクモも動揺が隠せずに困惑状態。

 俺も、その一人だ。
 平門が血まみれになって帰って来るなんて、考えられなかった。











貳號艇は全速で研案塔に向かい、着くと同時に燭が迎えた。
事前の連絡に流石の燭も動揺したようだ。
すぐさま処置室に運ばれ、ただ見守るしかできない與儀たちはずっと扉の前で無事を祈っていた。


「…平門って今まで怪我してこなかったのか?」


いつも余裕の表情をしていて、周りに迷惑というものをかけたことがない様だから、素朴な疑問で重い沈黙を破り與儀を見た。


「俺の知ってる限りでは、…研案塔に運ばれるような大きな怪我はしたことないはず…」
「私も、知らないわ」


二人の回答に特に驚くことはなく、花礫も平門の強さを知っているからこそ重症姿に動揺している。


「花礫くん、大丈夫だよ」


與儀はいつものように笑顔で花礫の不安を取り除こうと言葉を掛ける。


「俺よりひでぇ顔してるお前に言われたって説得力ねぇよ」


笑顔といってもつられて笑顔になるものではなく、與儀のそれは余計に不安になるような煽るものだった。

そして今まで静かだった无が、花礫の隣にぴたりとくっつき服をぎゅっと掴む。
无は人の感情を読み取り、自分なりに考え正解だと思う行動を起こす。


「花礫、與儀の言った通り、大丈夫だよ」
「……あぁ、さんきゅ」


无の言葉には先ほどの與儀と同じで説得力はないが、花礫の持つ不安はここにいるみんなと同じもの。自分ばかりが励まされていることに居た堪れなくなった。








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平門が運ばれてから数時間後、処置室から燭が出てきた。與儀、ツクモ、无の三人は燭に平門の状態を聞こうと焦りながら迫る。


「…命に別状があるわけではない。ただ、両腕の負傷が激しく暫くは動かせないだろう」
「それってずっとじゃないですよね!?」
「かなり際どい深手だったが神経に損傷はない。安静第一だ」


燭はそう言い残してその場を立ち去った。
そして、それぞれ安堵のため息を零し顔を見合わせた。


「とりあえず…よかったね、花礫くん」
「俺のことはいいから…」
「行こう」


與儀は花礫の手を引いて平門の部屋に歩き出した。後ろからツクモと无も後を追い、その表情は少し柔らかかった。

そして部屋に着き中に入る。病院独特の白い部屋に眠っている平門がいた。
体中に包帯が巻かれ、輸血がされており、その姿は痛々しい以外の言葉が出てこない。


「麻酔がまだ効いてるね」
「そうね、あまり長居はしないようにしましょ」


與儀とツクモは眠っている平門に安心した様子。无も二人の近くで平門を見ていた。
花礫は静かに近づき顔を覗き込む。いつもの不敵で余裕な目は今は閉じられており、自分に触れてくる手も包帯が巻かれ、動かせないのは一目瞭然。


「…俺、まだここに居たいんだけど」


振り向かずに後ろにいる與儀達に話かける。
自分がいても何も出来ないのは分かっていても、傍にいて安心するのに変わりはなく、とにかく今は離れたくない。

花礫は自分の気持ちに驚きつつも、どこか納得したような気分になった。


「……わかった。燭先生に声かけとくね」


與儀の言葉に花礫はベッドの傍らにある椅子に腰かけた。
その背中は憂いが伝わるもので、與儀はこれ以上花礫にかける言葉が思いつかなかった。

ツクモは與儀と无に部屋から出るように促し、自分も部屋を後にする。


「花礫くん。平門は大丈夫だから、花礫くんも無理しないでね…」


そう言い残して、部屋に静けさがやってきた。


花礫は特別何かをするつもりもなく、ただ眠っている顔を見ているだけ。考えることは『早く目を開けて欲しい』それだけだ。
まだ血が足りないのか、手に触れて包帯越しでも分かるくらい冷たかった。花礫は柄じゃないと思ったが、冷たさを知ってしまったから手を離すことが出来なかった。


「バカ平門…。大怪我なんてしてんじゃねぇよ」


罵りの言葉も返答がないと空しいだけ。起きたらもう一度言ってやろうと思った。
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