ノラガミ 〜 桜の咲く頃に 〜

□願い
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あたしはいつの間にか夜が待ちどおしくなっていた。

親以外で毎日のように会いにきてくれる人なんて、今までいなかったから。



…それが例え死神だったとしても。


あたしは会いにきてくれる人がいる。その事だけで幸せな気分だった。


最近は、自分の身体から夜叉のほのかな香りが憑って離れない。


いつも…いつでも夜叉が側にいる気がした。




「時和さん、検温の時間ですよ。」

そう言って看護師さんが病室に入ってきた。

「あ、はい」

あたしはベッドから起き上がった。


「…あら?時和さん、何か良い匂いがするわね。…この匂い、白檀かしら?」


「白檀?」


「えぇ。お家の方が何か持ってきた?」


「い、いえ…」


あたしは少し戸惑った。
この香りは死期が近いあたしにしか分からないと思っていたからだ。

…いや、普通の人が気付くくらいだからあたしの死はいよいよなのかもしれない。



白檀…この香り、白檀って言うんだ。


あたしはなんだか切ない気持ちになっていた。










その日の夜、いつものように夜叉が現れた。



でもいつもと様子が違う。

怪訝な顏。




「夜叉?どうしたの?」



「今日は一つだけお前の願いを叶えてやりに来た」


「願い?」


「そうだ」



その言葉にあたしは気付いてしまった。



「最後のお願いって事…?」



夜叉は黙ったままだった。





そっか。

あたしいよいよ連れて行かれるんだ。


不思議と気持ちは落ち着いていた。



「…じゃあ、最後にこの街を見てまわりたい。あたしが産まれた街。あたし家と病院の往復だったから。行くはずだった学校や、行きたかったショッピング街とか映画館とか!普通の女の子みたいに見て歩きたい!」




「…わかった。ではそなたの願い聞き入れよう。」



夜叉があたしの額に手を当てた。



その瞬間、あたしは身体が軽くなった。








あたしはベッドに寝ているあたしを見た。


「あたし…死んだの?」


「いや、まだ死んではおらん。幽体となっただけだ。今そなたに尻尾がついておろう。それが切れた時…死ぬ。」


あたしのお尻には猫のような尻尾が付いていた。


「…にしても、そのままでは外に出歩けまい。」


そう言って夜叉はあたしの肩に手を置いた。


「え…?あっ…!」


次の瞬間、あたしのパジャマが制服に変わった。


「そなたが着るはずだった服であろう?」


そう、以前夜叉にそんな話をした。あたしが行きたかった女子高の制服。外ですれ違う度ずっとあの制服を着たいと憧れていたのだ。




「…私もこのままでは何だな。」



そう言って夜叉は自分の右手を胸にかざすと

ー服だけではなく髪も全て変幻した。


「どうだ?これなら横に並んでも変ではあるまい?」

そう言って夜叉はにっこり笑った。




…や、ヤバすぎでしょ‼


かっこよ過ぎなんですけどぉっ!




夜叉はあたしと同じ制服の色合いで男子学生バージョンにしちゃったのだ。


白いシャツに濃いグレーのブレザー。下は赤ベースのチェックのパンツ。

そして長い白髪は短く変幻していた。


「…変か?」


「い、いえ…。良く似合ってマス…。」

あたしは恥ずかしさのあまり、夜叉の顏をまともに見れなくなっていた。
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