ノラガミ 〜 桜の咲く頃に 〜
□願い
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それから夜叉神は夜になると病室に現れるようになった。
光が苦手らしく、病室の電気も消している。
月明かりだけが夜叉神の姿を映し出す唯一の光だった。
不思議な事に夜叉が来ると身体がとても軽い。普段は歩くのも辛い位の時があって、ずっとその日は寝ていたとしても夜叉が来ると何もなかったかのように身体が楽になる。
「今日は庭に出てみようか」
「えっ…」
そう言って夜叉はあたしを抱き上げた。
⁈
あたしを抱き抱えながらも、身軽に夜叉は窓から庭に出た。
「寒くはないか?」
そう言って夜叉はあたしに優しく微笑んだ。
「だ…大丈夫デス…」
あたしは下を向きながら返事をした。
だって‼
すっごいイケメンにお姫様抱っことか‼
更に顏近いし‼
き、緊張しるうううぅ‼
ていうか、いつまでお姫様抱っこしてんの‼
夜叉はあたしを抱き上げたまま、いっこうに下に降ろす気配がない。
「この桜…」
「え?」
「この桜、いつもその窓から見ていただろう?…桜が好きなのか?」
「あ、あぁ…うん。もう何度もあの桜が咲いているのを見てるから。物心つく前からずっと病院通いだったしね。あの桜だけが…あたしを覚えていてくれるような気がして…」
あたしはそれ以上、話す気にはなれなかった。
こうして死神が迎えに来たという事は、死ぬのが近いという事だろう。
きっと次の桜は見る事は出来ないんだろうな。
そう思うと少し淋しい気持ちにもなった。
…あれ?
いつも?
夜叉はあたしが窓からこの桜を眺めてた事を知ってる…?
「私の故郷にも沢山の桜が咲くのだ。とてもキレイで、子供の頃はよく見に行った」
「え!死神に子供の頃とかあるの⁈」
「もちろんさ。私ら神は死ぬ事がない。私が消えても、また新しい私が産まれるのだよ」
「夜叉って消えても何度も産まれるの?」
「ああ。でも私が消えて、また新しい私が産まれても、それは今の私ではない。また別の私なんだ。」
そう言って夜叉は花も葉もない、枝桜を見上げた。
「いつか、お前にも見せてあげるよ。私の故郷の桜を。…お前のように美しく、白い花をつける桜を。」
そう言って夜叉は少し切な気に微笑んだ。