本編

□prologue 6. 言葉
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Prologue

6. 言葉




彼はいつも一人だった。


誰も憐れみはしない。
彼自身が一人を望んでいたからだ。
段々と激化していく”決まり”は無駄な事を話しかけない、から、話しかけてはいけないに変化していく。
子供達の間で破られる事のない絶対無比な掟のはずだった。
だが、あくる日突然、その掟は破られる。

それは、太陽の光が眩しい爽やかな午後の日のことだった―――。




*****




「転入生を紹介するぞー」
担任の耳障りな声に、窓の外を見ていた隆巳(たつみ)は鬱陶しげに耳だけを教卓付近へと傾ける。
「えー……四年三組の皆の新しい仲間になる深月翔太君。父親の転勤でこの小学校に通うことになったそうだ。仲良くするんだぞ」
担任に腕を引かれ黒板前に立った少年は、”如何にも”自分とは違うタイプに見えた。
「あーっ、と深月翔太っす!!特技は誰とでも友達になること!!あとはー…んー…なんだろう……分からないからいいや、よろしくな‼︎」
困ったように笑う翔太。
クラスはどっと賑わい、笑いが起こる。
……ただ一人、窓側の一番後ろで退屈そうに外を見ている隆巳以外は。

ふと視線を外から教卓へと向け。
ぱちり。
彼もこちらを見ていたのか、視線が交差してしまった。
(っ………!!)
隆巳は慌てて視線を逸らす。
不自然に視線が逸らされたにも関わらず、翔太は楽しそうに微笑んだ。
「席はー……森田……、森田隆巳の横が空いてるな」
担任は所詮担任、教室の掟など知る由もない。
賑わっていたクラスが一瞬にして静寂に包まれた。

”可哀想、転入生なのに”
”呪われるんじゃないか”
”一言も喋ったことないんだろアイツ……”
”沈黙の悪魔の餌食になるのかな”

隆巳には”全て聴こえていた”。
教室中に巻き起こるーーー視えない、聴こえない心の言葉の羅列。
『感情』という心の言葉は色を持つ。
それが悪意を強めれば強めるほど、次第に色は濃淡を強め、弾け、……音となり宙へ放り出されるのだ。

隆巳にはそれが明瞭に聞こえる。

ーーー共色音の一種。
隆巳の場合、それは研究をしている化学者間で”神懸かりの感覚”と呼ばれているもの。
……それは障害でも病気でも何でもない。
だが、言葉とは、人の思考と感情が生み出した妄想の回路。
回路は噂となって、有りもしない幻想を創り出してしまうのだ。


「なぁ、アンタが”沈黙の悪魔”って呼ばれてんの?」
「……………」
何だ、こいつは。
知ってて話し掛けているのか?
「なー聞いてるー?俺深月翔太!!…って、さっき言ったけど!!まだこの学校のこと全然分かんねーんだ。だから色々教えてくれると助かるなー……なんて」
クラスメイトを被った悪意の塊達の視線が、痛いほどに突き刺さる。
「俺が悪魔って呼ばれてんの……知ってんだろ。……分かったらお前自身の為にも話し掛けんな」
「なんで?だってクラスメイトだろ?俺、バカだから。悪魔とか、信じていないんだ」
翔太は呟きながらにこり、と微笑む。

思えば、本当に翔太は馬鹿だったのかも知れない。
悪魔である自分を、日陰から引きずり出してしまった。
それがどういう意味だか、分かっていないのだろうか……。

子供の中の掟は、例えその掟自体を知らない者でも、破ったその瞬間が最後。
翔太は、そのまま俺と同じく付近の中学にエスカレート入学をした。
そして、面白いくらいに、……度々嫌がらせを受けるようになってしまった。




それでも、翔太は笑っていた。
いつでも、太陽みたいに笑っていたんだ。

「……気にしてない、っつったら嘘になるけど。でもさ、俺……隆巳の事好きだから。後悔なんて、する訳ないっての‼︎」

いつの間にか、翔太がいる時間が、俺の全てになっていた。
それが好意なのかは分からない。
俺の中の掟、必然的な時間の流れ。
そして、運命の悪戯かーーー高校で凉と出逢い……。


確かに、俺は”生きていた”。
忘れていた筈の表情が、言葉が、泉から水が湧き上がるように……溢れて、溢れて。

大好きだ。

今なら、そう言える。
翔太も凉も大切な親友だ、と。
これからも、一緒にいて欲しい、と。




*****




「……自殺は」
空っぽになった虚ろな瞳に、音叉のように木霊する声の鮮やかな色が、くっきりと映し出される。
「自殺は有効か?俺も連れていけ。人の輪廻を潜り抜け、神の魂を返還する……それがお前の望みだろ」
逢魔が時。
淡い朱色の空に、漆紫の雲がたなびいた。
「全て、調べた。空から聞こえた伝承のような言葉、翔太を貫いた巨大な槍。生憎だが俺の目は特殊なんだーーー人間じゃない”言葉の色”が弾ける音が聞こえた。お前は、神なんだろう?」
返事はない。
只、其処に何かがいる……そんな感覚は確実にあった。

誰もいない。
何もいない。
最後の切り札も、もうじき消える。
まるでババ抜きをしているように、……俺の手持ちは
ジョーカーとラストカードのみ。
生きるか、死ぬか。
死んだ世界で尚生きるか、新しい世界へ逝く為死ぬか。


ーーーもとより。翔太のいない……太陽の無い世界で生き続ける気はない。
さぁ、引け。
俺の手元に必要なのは、ジョーカーだけだ。
さぁ、殺せ。
翔太を貫いたその槍で、刺し殺せばいい。


「今、逢いに……逝こう翔太、凉」








『……終末をも乗り越えるとされる我が息子が、道具如きに恋慕を抱くか……面白い』
男の手元に巨大な槍が一人でに戻ってくる。
最後の魂を優しく抱いて、男は溜め息をつき、ふわりと中空に消えた。

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