本編

□prologue 2. 送迎
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Prologue

2. 送迎




「おいおい、冗談キツいって……―――痛ぇっ!!」
突き付けられた刃の鈍く光る銀色に、小さな赤が乗算される。
頬に入った直線が、じんじんと熱く痛んだ。

おかしい、おかしい、おかしい!!

自分は、何も……何でこんな事に……だって今日は……。
おかしいのは、今起こっている現状か。それとも自分の頭か。



*****

        

陸斗は実年齢は16。
だが類い希な頭脳と運動神経から飛び級を果たし、現在都内トップクラスの高校に通っている高校二年生だ。
つまりは、天才である。
当然、周りから嫉妬、羨望、様々な感情を持たれ……るかと思えば、鋭利な刃物のように頭が切れる彼は、言葉巧みに丸め込み居場所を作った。
彼を恨む者は誰もいない。
彼を憎む者も誰もいない。
だからこそ。この状況は異質以外の何物でもなかった。


「ぁあ゛っ、うあ゛ぁぁあ゛あ゛ぁッ!!」
言葉にならない、人間離れした叫声と腕力。
振り下ろされた刃の長いナイフをどうにか避け隅へと走りながら、陸斗の頭は既に限界を迎えようとしていた。
(考えるんだ…まだどうにか―――)

必死に目を凝らす。
ここは無人の教室。
自分は呼び出された。
扉は外から鍵付きできっちりと閉められている。
窓は……ここは4階だ、飛び降りてもまず助からない。
万事休す、か?
何故殺されるような状況になったのかは一切分からないが…、ここまで用意周到に準備をする程だ。よっぽど、自分が気に食わなかったのか。
それとも別の理由があるというのか。
そんな下らない事すら、獣めいた狂っている瞳は逃さない。

「う、っ……わ……ッ!?」
ふらふらとよろけながら近付いてきた男子生徒は、陸斗の首を強く掴み、今度こそ仕留め損なわないように床へと叩きつけた。
華奢な腕からは想像も出来ない、首を締め上げる力は人のそれとは違う。
ぎりぎり、と骨の軋む音がやけに鮮明に聞こえた。
きっと何を言っても通じないだろう。
生理的に滲んだ視界の中心に、ナイフの切っ先が映る。
刺されたら痛いんだろうな、そう心中で苦笑して陸斗は瞳を強く閉じた。

と―――。

突然陸斗の脳裏を塞ぎ尽くすように、
映像が、感覚が、時間が、何もかもがフラッシュバックして巻き戻っていく。



燃えている空、焼け焦げた草原、転がる死体達。
文字が刻まれた長剣を持つ自分の手と、それを冷淡に見据える群青色の瞳の青年。
その男は苦しげな表情で口元を動かし、何かを叫んでいる。
聞こえない、上手く聞き取れない。
一度口を閉じ、青年は群青色を細めて剣を構え。
「 何故なんだ 」
そう口元が動いた気がした。
そして、
「 君のせいで、彼は死んだんだ!! 」

今度こそはっきり、青年はそう叫んで剣の先をこちらに向け………。


ーーー陸斗は瞳を開いた。
そうか、そういう事か。
全て、総て、凡て………思い出した。


目前に迫るナイフを空いている手で弾き、全体重を掛けて、首を絞めてくる男子生徒の腹を荒く蹴飛ばす。
うずくまった男子生徒の胸倉を掴み、落ちているナイフを突き立てれば。
ずぶり、と肉を貫く感覚とナイフを伝い己の手に滴る血、そして男子生徒の周囲から巻き起こる突風が、陸斗の予想を的中させた。
風を利用した洗脳魔術、雹のルーン。
こんな高度な芸当が出来るのは、自分が知っている中では、自分を含めて3人。
そして、自分を殺すことを目的としてルーンを行使するのはたった一人。

ナイフを投げ捨てる。
倒れた男子生徒は床一面に赤をばらまいて、ナイフを突き立てた喉元からひゅー、ひゅー、と空気を吐き出していた。
そんな男子生徒を冷酷に見放して、陸斗は高らかに笑う。
「俺を迎えに来たんだろ?"人"を使わずに自分で迎えに来いよオーディン!!」
そう言って、後ろを振り返り―――
「………ッ、」
何かが身体を貫いた。
痛くも苦しくもない。
身体に開いた小さな穴から噴き出ている血がまるで幻覚のようだ。
ただ、蘇ってきた記憶が引き戻されて消失してしまうような…、そんな眩暈だけが意識を支配していた。



(痛いくらいが、ちょうど……いいって、のに……さ)


力が抜け、後ろ向きに倒れた陸斗を"先程までこの空間に存在していなかった何か"が、優しく抱き留めた。




「言われなくても最初から迎えに来ているよ、ロキ。私の、愛しき兄弟」

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