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□入院中幸村と人生について考えてみる
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「幸村?」


名前を呼んでも彼は返事をしてくれない事が多々あった。私のごくごく一般的な尺度で考えると、それは嫌われているのでは、と不安になるのだがそれは心配しなくても良いと暫く前に彼の親友、柳くんに言われた。


「何かあったの?」


病室のベッド。
そこで上体を起こしている幸村。
傍らにはテニスボール。

今日は委員会があったのでお見舞いに来るのが遅くなってしまった。もしかしてその事で怒っているのだろうか。…まさかそんな子供じゃあるまいし。しかし、彼は時たま私なんかの予想の付かない事を考えているから、わからない。


「今日、真田たちが来てくれたんだ」


「…うん」


やっぱり彼は早く部に戻りたいのだろう。
早くテニスがしたいのだろう。
真田くんや柳くん、部活の仲間が来ると彼は嬉しそうにいている。しかし、必ず彼らが帰った後自らを責めるのだ。

苦労をかけた、と。


「柳にね、あまり自分を責めるな。なんていわれちゃった」

「…」

「ねぇ俺はそんな風に見える?」


彼はどんな言葉が欲しいのだろう。
焦らなくていいよ。大丈夫だよ。信じているよ。頑張れ。どれも違う気がする。そしてこんなグチャグチャな気持ち全部、幸村には見透かされているような気がする。


「ごめん、困らせたね。そんな泣きそうな顔しないでよ、俺がいじめてるみたいじゃないか」

「…ごめんなさい」

「ほらまた、そうやってすぐに謝る」

「う、うん」

「もー…芽衣、そこのスケッチブック取ってくれない?」


これ?と聞けばそう、と返事をする彼にスケッチブックを渡した。


「人生ってさ、絵を書くのに似てるよね」

「へ…?」

「何もない真っ白から始まって色んな色、形と出会って素敵な絵になっていく」

「…うん」


パラパラと幸村の手によってスケッチブックのページが捲られていく。

ふと、手を止めた幸村。
そのページは黒を基調とした絵。
どこまでも落ちていくかの様な暗い闇。
何を描いたのかはわからない。
でも、その絵は幸村が倒れてから描いたもの。そして私は次のページから白紙が続いていることも知っていた。


「醜い、ね」


そう呟く彼の声はやっとの事で絞り出した様なもので胸が苦しくなった。


「綺麗だよ、幸村は綺麗だよ!」


気が付けば口が勝手に動いていた。何でもいい、私は彼に伝えたかった。



「…塗り絵は簡単だよね。俺小さい頃好きだったんだ」


俯き、絵をなぞりながら彼は言う。
まるで独り言の様に。


「真っ白なキャンパスに絵を描き始めるのは緊張する」


そして、ゆっくりとページを捲る。


「でもここでいつまでもモタモタしてられないし。お前を笑顔にしてやりたいし?」


白紙のスケッチブックを置いて顔を上げる。
その顔は、覚悟を秘め自信に満ち溢れた幸村の穏やかな笑みをたたえた顔。
私の大好きな幸村の顔だった。


「だから明日からリハビリ付き合ってよね」


「…うんっ」





(願わくば君が、)

Forsan et haec olim meminisse iuvabit.






20130305. 幸村生誕祭

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