企画

□鋭恋
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鍛錬場にて一人剣を振るい、自主練習を行っていた天藍は、視線を感じて思わず手を止めた。額の汗を拭ってから恐る恐る辺りを見回し、視線の主を探す。

(うっ……まただ)

視界の端に此方を鋭く睨みつけている姜維を見つけ、思わず息を詰まらせる。
天藍は諸葛亮の後継者候補として蜀に降ってきた姜維に、出会ったばかりの頃から何故かやたらと敵意をぶつけられている気がしていた。
…と言うのも、彼は何故か毎日のように、天藍を鋭い眼差しで見つめてくるからだ。

(やっぱり、俺なんかがお師匠様の弟子だからかな)

こうして日々の努力はしているものの、知略の面で姜維に劣り、優秀とは言い難い自分が諸葛亮から信頼され、後継者候補でもある事が、気にいらないのかも知れない。

(俺は、姜維殿のこと好きなんだけど…)

見目良く知略にも長け、更に戦の腕も立つ姜維に、天藍は尊敬の感情すら抱いていた。
いわゆる兄弟子である自分が弟弟子である姜維を尊敬、と言うのもおかしな話だが、天藍にとって彼はそれほど魅力的な存在に見えたのだ。

(でも姜維殿はきっと、俺なんて好きじゃないんだろうな…)

小さくため息を吐き出し、ちらりと姜維の方を見やる。だがもうそこに彼は居らず、天藍は気を紛らわせるように、再び剣を振るい始めた。













「今日は何食べようかなー」

ある日の昼過ぎ、天藍は硬貨の入った巾着を腰からぶら下げ、小さく空腹を訴える腹を片手で押さえつつ、昼食を取りに行くために軽い足取りで城内を歩いていた。
鼻歌混じりに進んでいると、此方に向かって歩いて来る姜維の姿が視界に入り、思わず体を強ばらせる。

また、睨まれてしまうかもしれない。

天藍の表情は無意識の内に暗くなり、歩く足も遅くなった。どこかで曲がってくれないだろうかと考えるも、姜維はまっすぐ此方に向かって歩いて来る。

軽い挨拶だけして、直ぐに立ち去れば、きっと睨まれる事もないだろう。
そう考えた天藍はゆっくりと顔を上げて、もうすぐ目の前に迫っていた姜維へと視線を移した。彼としっかりと目が合ってしまい、緊張に思わず足が止まる。

「…天藍殿」
「こっ…こんにちはっ」

天藍は早口でそれだけ告げてぺこりと頭を下げる。そしてそのまま、何かを言おうと口を開きかけた姜維に気が付かずに、慌ててその場から立ち去っていった。



「少し、話をしたかったのだが……また、上手くいかなかったか」

小さくなる天藍の背中を見つめながら、姜維がぽつりと呟く。ふと、床に落ちている簡素な巾着が目に入り、それを拾い上げた布の右下の辺りに、天藍、と拙い刺繍が施されている。

どうやら中には何かが入っているようで、触れる度に小さく音が鳴った。もしかしなくても、天藍が落としていったものだろう。

「届けて差し上げなくては…」

姜維は巾着を片手に、天藍が向かった方向へと足早に歩き始めた。













「天藍」
「うわあっ」

城を出る直前、突然後ろからぎゅっと抱きつかれ、天藍は思わず声を上げた。
城内で断りもなくこんな事をしてくるのは、一人しかいない。
呆れたように名前を呼ぶと、後ろの青年が軽く頬を寄せて来た。

「関興…」
「今日も、会えた…つい抱き締めてしまったが、良いだろうか」
「いや、抱き締めてから言われても」

苦笑い混じりに突っ込みを入れ、やんわりと関興を引き離す。少し不満そうにしている彼を軽く宥めていると、後ろから慌てたような声が飛んで来た。

「天藍!」
「あ、張苞」

張苞は二人の元に駆け寄ると、申し訳なさそうな表情を浮かべ、自らの頭を軽く掻く。そして今にも天藍に抱きつかんと手を伸ばしている関興の首根っこを、きゅっと掴んだ。

 
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