企画

□子猫じゃらし
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「はぁ……何とか、勝てたな」

初陣を勝利で飾った天藍は小さくため息を吐き出し、戦いの爪痕が残る戦場を見回した。生まれて初めての実戦を終えた疲労と生き残れた安堵感からか、天藍はふらりと足元をぐらつかせ、城壁にもたれかかる。

そのまま顔を上げて夕焼け空を仰いだその時、前方から聞き慣れた声が飛んで来た。嫌な予感がして、天藍は思わず顔を引きつらせる。

「天藍!」
「げっ……ち、張苞…」
「初陣、お疲れ!よく頑張ったな!」
「うわっ」

張苞は天藍の元まで駆け寄ると、まるで自分の事のように嬉しそうな表情を浮かべ、言葉と共に肩を抱き寄せた。くしゃくしゃと軽く頭を撫でてからそっと体を離し、改めて天藍を上から下まで見つめる。

「でかい怪我は…してねえみたいだな。体は?どっか痛むか?」
「いや、平気だけど…」

張苞の目には心配の色がありありと浮かんでおり、何となく申し訳なくなった天藍は緩く頭を左右に振り、素直に礼まで述べようとした。
だが安心したように息をつく張苞を見て、はっと我に返り、慌てて言い返す。これではまるで自分が、張苞の過保護を受け入れているみたいじゃないか。

「て言うかこんなとこでも世話焼くのやめろよ、ガキじゃないんだぞっ」
「しゃーねえだろ、お前が心配なんだよ。ほらっ、一緒に帰ろうぜ」
「ひ、一人で帰れる…!離せってば!」

強引に片手を繋がれ、味方本陣へと引っ張られていく。初陣の疲労でロクな抵抗も出来ず、天藍はされるがままになるしかなかい。
その道すがら、自分達と同じく本陣へと戻る将兵達に微笑ましいものを見るような眼差しを向けられ、天藍は酷く恥ずかしくなり、頭を抱えたくなった。

(ああ、もう……)

張苞は出会った当初から、何かと自分の世話を焼きたがっていた。鍛錬をすれば怪我はないかと心配し、勉強をしていれば分からない箇所はないかと聞いて来る。
素直に分からない箇所を聞いたとしても、大体が張苞にも分からないのだが、それは今は置いておくとして。

張苞が嫌いなわけではないが――むしろ好きな方だが、やはり少し恥ずかしさがある。それに、まだ自分は一人前じゃない、頼りないと扱われているようで、あまり気分の良いものではない。もう初陣も済ませたわけだから、対等に扱って欲しいのに。

天藍はため息を吐き出し、しっかりと手を握る張苞の背中を見つめながら、本陣へと戻っていった。



「関興殿、何見てるの?」
「馬岱殿。あの二人を…見ていました」

手を繋いで戻っていく二人を後ろから見つめていた関興に、馬岱が声を掛けてきた。
関興は馬岱の方に視線を向けてから、本陣へと戻っていく二人を指差す。馬岱は普段通りの過保護な張苞と恥ずかしがる天藍を視界に入れ、小さく笑った。

「相変わらず、張苞殿は天藍殿が大好きだねぇ」

関興は頷くが、どこか浮かない表情を浮かべていた。それに気がついた馬岱が軽く体を折り、彼の顔を覗き込む。

「どうしたの、関興殿」
「天藍は……どうなのでしょうか。過保護な張苞を嫌いになっていないだろうかと、少し……心配になります」

張苞と天藍には仲の良いままで居て欲しい、と考えていた関興は不安そうに告げて、小さく息を吐く。
馬岱はほんの少し考えを巡らせてから、普段通りの陽気な笑顔を浮かべた。

「うーん…でも、大丈夫だよ」
「そう、でしょうか」

きっぱりと明るく言い切る馬岱に、関興は思わず瞬いた。二人から彼へと視線を移し、その根拠を尋ねようとする。

「天藍殿って素直な子だから、嫌いなら嫌いだって、はっきりそう言うよね」
「はい」
「張苞殿の事は嫌いじゃないけど、お世話されたり可愛がられたりするのが恥ずかしいから、どうしたら良いか分からなくって、ああ言う態度をとっちゃうんだと思うよ?」

なるほど、と関興は思った。天藍から「張苞のあの過保護っぷりを何とかしてくれ」との相談は何度も受けたが、「張苞を何とかしてくれ」と言う相談は、一回も受けた事がない。
 
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