短編

□だって、貴方が好きだから!
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「くっ…このままではまずい…!」

敵軍の攻撃拠点にて、司馬懿は敗走の危機に陥っていた。兵士達からの攻撃を何とか羽扇で受け流しながら、頭を回転させてこの状況を打破する手立てを考えてようとする。
と、次の瞬間。司馬懿の視界が薄暗く陰った。

咄嗟に上を見ると、風を切る音と共に、剣を携えた一人の少年が空から落ちてきた。
地面に上手く着地すると司馬懿と敵兵の間に立ちふさがり、剣の切っ先を兵士に突き付ける。

「これ以上お師匠様を虐めるなら、許しません!」

正義のヒーローのように突然現れた愛弟子に、司馬懿はきつい目を見開いた。

「なっ…何故貴様がいるのだ!曹丕殿のお側に居るように、言い付けておいたではないか!」
「う……だって、お師匠様が心配で…」

しゅん、と頭を垂らす天藍に、無いはずの犬の耳と尻尾が垂れている幻覚を見てきゅんっとしてしまう司馬懿。
片手を伸ばし、愛弟子の頭をよしよしと優しく撫でる。

「っ…ま、まあ、礼は言っておいてやろう…」
「お師匠様っ…」

頭を撫でられたことが嬉しいのか、天藍の表情が笑顔に変わった。
司馬懿にのみ見える犬耳と尻尾の幻覚もぱたぱたと嬉しそうに揺れ動いていて、司馬懿は心を鷲掴まれるような感覚に陥る。

「そ、そのような顔をするな!……む、胸がおかしくなるだろうが…っ」
「お師匠様…?頬が赤いですよ?」
「き、貴様のせいだろうが馬鹿めっ」
「馬鹿じゃないですっ。お師匠様はすぐそうやって馬鹿馬鹿って言うんだから…」

自然な流れでイチャイチャと痴話喧嘩を始める二人に、敵兵達は爆発しろと言いたげな酷く苛ついたような表情を浮かべた。
兵士の一人が剣を構え、二人の間を裂くように突っ込んでくる。
すると、今までどこか楽しげだった天藍の瞳がすっと冷たく、細くなった。体の向きを変え、振り上げられた剣の切っ先を、思い切り薙払う。

華奢な体からは想像もつかないほどの力で、敵兵は衝撃に耐えきれずに剣の柄を手から離してしまう。

剣はそのまま弾き飛ばされ回転しながら落ちていき、数メートル後ろの地面に突き刺さった。

「お師匠様とのお話を邪魔するなら、容赦しませんよ!」

高らかに告げて剣を構える小さな愛弟子に頬が酷く熱くなるのを感じながら、司馬懿もそっと羽扇を構え、呆れではない溜め息を吐き出した。



end. 

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