君と見た空の蒼さを、僕はまだ覚えてる
□プロローグ
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その日、私は初めて海の上にいた。
「すごい…すごいすごいすご〜い!」
今まで遠くから見ることしか叶わなかった海。
それが目の前にある。
それだけで気分は最高だ。
大きな遊覧船。
これは父が用意してくれたもの。
日ごろから海が好きだと話す私を思ってか、教育熱心な母には内緒でこっそりと連れ出してくれた。
一周だけという制限付きではあるが、海と空に囲まれた私にとってはそんなことかまわなかった。
けして触れることのできないと思っていたものに、こうして思いがけず近づくことができたのだから。
「お父様!すごい!お魚が跳ねてます!」
目をきらきらさせて喜ぶ私を見て、父も満足げに微笑んでいた。
父は貴族ながら器の大きい人で、時々この世界の『外』のことを教えてくれた。
この町の『外』のこと。
この海の『外』のこと。
この海のまだ向こうにある『外』のこと。
この高町が世界のすべてだった私にとって、父の話は聞いているだけで大冒険をしているかのような心躍る気分だった。
…今の母と再婚してからは、あまり話してくれなくなってしまったけれど。
それでも、こうして海に連れ出してくれたのだから、父は今でも変わりない人なのだと安心する。
だからこの時間を、思う存分堪能しようと幼心に決めていた。
そうして船が島を周回し始めてしばらく経つと、私は小さな入り江を見つけた。
「お父様?あそこにあるのは港ではありませんか?」
そこには出港した港と比べ物にならないくらい小さいけれど、確かに船が止まる港があった。
「あそこは…たしかフーシャ村とかいう小さな村だったかな。」
「フーシャ村…。」
知らなかった。
私の住んでいる街の外に、村があったなんて。
「お父様…私あそこに行ってみたい。」
それは単なる好奇心だったのかもしれない。
でも、自分の知らない世界に踏み込んでみたい。
そんな気持ちが芽生えていたのも確か。
「残念だがエル。あそこに行くことはできないよ。」
あそこに行かせてやりたい気持ちがないわけじゃないが…
あそこは我々の住む世界とは違いすぎる。
どんなに器が広くても、『外』のことを教えてくれても。
やはり父は貴族だった。
どんなにお願いしても、私の願いを聞き入れてもらえることはなく。
遊覧船は小さな港から遠ざかっていった。