平助の母親

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それからというもの、お酒を飲んでいないというのにとしくんはここぞとばかりに、俺は勝ち組なんだ!新学期が始まったらもう仕出し弁当は食わねぇ!毎日愛妻弁当持参組なんだ!名前の味噌汁付きだぞ!どうだ、羨ましいだろ!とか言って訳のわからない自慢を力を込めてして大いに近藤様と沖田くんを悔しがらせていた。

そんな居酒屋さとうを後にして家に着く頃には随分遅い時間になってしまい、千鶴ちゃんを雪村さんの待つ家へと送り届ける。



「遅くなってしまってすいません!冬休みに入ってからずっと千鶴ちゃん連れ回してしまって…、ほんとにすいません!」



玄関が開いて先ず開口一番に頭を下げて謝ると柔らかい口調で「大丈夫ですよ」と微笑んでくれる雪村さん。



「私も年末年始はバタバタで…、今日も先程帰ってきたばかりで…、逆に千鶴を預けっぱなしで申し訳ないです。」



既に日付を跨いでしまっているというのに、確かに雪村さんの服装は帰ってきたばかりの、ネクタイを緩めてホッと一息ついたところといった格好。



「正月くらいはゆっくりとしたいのですが、ニューヨークの大学と共同で開発した新薬の発表セレモニーの準備がありまして…、千鶴には申し訳ないんですが年明けにはニューヨークへ発たなければならなくなりましてねぇ…」



急な話で申し訳ないんですが、また千鶴をお願いしますと頭を下げられてしまう。



「そんな、うちは千鶴ちゃんならいつでも大歓迎ですけど、…」



そう。うちはいつでも大歓迎だけど、当の千鶴ちゃんはそんなにお父さんと一緒の時間がなくて大丈夫なのかと心配になって千鶴ちゃんを見やれば、ふにゃりと笑って、



「もう、パパは名前さんに甘えすぎだよ」



と雪村さんの腕をぺしっと叩いて笑った。



「名前さん、うちのパパはこんなんで、いつもご迷惑おかけしますが…、」



そう言ってわたしの顔を見た千鶴ちゃんは、少しキョトンと目を丸くするとふわりと笑う。



「名前さんがいてくれるから、ちょっとくらいパパと会えなくっても私は平気です。だからこれからも変わらずよろしくお願いしますね」



そんな千鶴ちゃんの笑顔が、強がりでも何でもないほんとにいつも通りのふわりとした笑顔で、それでいて強ささえ感じるくらいのハキハキとした口調にわたしの胸を過る不安も消え去ってしまう。



「もちろん!いつでも千鶴ちゃんの好きな時においでね!」



ちょっと眠そうな目でふわふわと可愛い千鶴ちゃんの頭を撫でて一緒にみんなで初詣に行く約束をして千鶴ちゃんの家を後にした。






「さー!遅くなっちゃったけど帰ってお風呂だねー!」



としくんの車に乗り込んでいろんな意味で疲れた体に気合いを入れ直すように言うと「えぇ〜」と後部座席で平助が気怠い声を返してくる。



「オレもぉ眠いしくったくただし、帰ったらソッコー寝る。風呂明日でいいよ」

「えぇ?なに言ってるの?ちゃんと体温めて寝ないと!それにお酒の匂いも染み付いてるし…。布団に匂い移っちゃうよ?」

「んー、でももう、ほんと今日ムリ。もう、寝るしかできない。他にコマンド出てこない…」



今にも目を閉じてしまいそうな平助と話してるうちに我が家へ到着。
玄関を開けると「んじゃおやすみ〜」とまっすぐ階段を上がって行く平助。



「こらこらちょっと!ハミガキくらいしなさいよー!」



二階に向かって叫ぶけど「んー」としか返事は帰ってこなくて、そのままパタンと扉の閉まる音が聞こえた。



「もぉ…、ちゃんと降りてくるかなぁ?」



ひとり言のように呟きながら靴を脱いで家に上がるとストッキングの足にひんやりと冷たい廊下の温度に全身ブルっとくる。



「冷た!スリッパスリッパ、やっぱりこんな時間まで家空けとくと冷えるね〜。すぐお風呂入れるね。」



モコモコスリッパに足を入れて、としくんにもどうぞとスリッパを差し出して急いでリビングのエアコンを付けに直行しようと向きを変えた途端、ぐいっと肩を掴まれ後ろに引っ張られる。



「ぅ、わぁっ!?」



後ろ向きに倒れそうになる背中がトンととしくんの胸に触れたかと思うとぎゅっと肩からまわされた両腕がわたしの前を交差してきつく閉じ込められる。



「とっ!?…としくんっ!?」

「でけぇ声出すな。降りてきちまうだろ?」



耳に唇を掠めながら囁かれる低い声にドキッとする。



「あのでもいきなりこんな…」

「寒いんだろ?あっためてやるよ」



顔は見えなくても意地悪く笑ってる顔がわかる…。



「や、ちょっと待とう。これ、ちょっと離そう。ね?」



何かもう多分いろいろストレス溜まってんだとかなんとか言われそうな気がして、そういう雰囲気に流れていかないようにとりあえずお母さんキャラでぺしぺしとしくんの腕を叩いてみるけど一向に離してくれなくてそのまま後ろから抱きしめられた形で二人リビングへと歩き出す。
まるでペンギンの親子みたいに。


ペンギン親子の状態で抱きしめられたまま、右手を伸ばしてエアコンのスイッチを入れるとそのままソファーに座るとしくん。
わたしも自動的にとしくんの両膝の間に座ってしまう。



「あの…、としくん?コート、脱がないの?」

「まだ部屋暖まってねぇだろ」



外から帰ってきたままの格好で、ソファーに二人重なって座ってる状況がすごくおかしい。としくんのコートの金具が背中にゴツゴツするし。



「ね、とりあえずお湯だけいれてきてもいい?」



こうしてくっついていたって冬の空気に晒されてたコートは冷たいままで、それに時間も時間だし、早くお風呂に入って体の芯から暖まった状態でぐっすり休みたい。
そう思って少しだけ動ける範囲で体をよじってとしくんの顔を見上げて言えば、すぐにおでこに降ってくるとしくんの唇。



「じゃー俺も行く」

「えっ!?行くって…」

「風呂に湯入れに行くんだろ?」

「そ、そうだけど…、なんで?」



お風呂にお湯入れに行くのに二人でいく必要がどこにあるんだろう…。



「なんでって、湯の入れ方とか見とかないとな」

「……、へ…?」



思ってもみない回答につい自分でもきっと後から聞いたら「おい!」ってツッコミ入れちゃうようなマヌケな声が出てしまった。
そんなわたしを顔を傾けて眉を下げながら笑うとしくん。



「へじゃねぇよ。俺一人の時はシャワーで済ませていたが、一緒に住むならお前ん家のやり方でいろいろ覚えていかなきゃなんねぇだろ?風呂の準備くらい俺にもできるだろ?」



わたしの頭をポンポンと撫でながら優しい表情で言って「ほら行くぞ」とやっぱりわたしを後ろから抱きかかえながらソファーから立ち上がる。



「えっ、そんな、いいって!としくんにそんなことさせられないよ!」



胸の前で交差するとしくんの腕を掴んで顔を見上げて言えば、ちょっとムッとした表情になったとしくんの顔。



「なんでさせられねぇんだよ」



低い声で聞かれて怯んでしまう。



「ぅ……、なんでって…、だってうちのことそんなとしくんにさせるなんてそんな…、っ!?」



しどろもどろな口をキュッとつままれる。



「言いたい事はそれだけか?…俺はもうお前の家族なんだろ?家族が家のことすんのは当たり前の事だろうが」



いつの間にか方向転換させられてとしくんの手が両肩に置かれる。



「俺は今まで一人の生活を気ままにやってきた。だがこれからはもう一人じゃねぇ。お前たちの生活に合わせて行くって決めたんだ。だからおまえたちのやり方を一個ずつ覚えていかねぇとな」

「としくん…」

「とりあえず今日からお前の仕事始めまではここで一緒に過ごすわけだし、いろいろと教えてもらわねぇとな」



フッと笑ってまたおでこにちゅッと軽くキスをされる。



「俺はまだ旦那一年生だからな。しっかりセンパイとして指導してくれよ?」



肩に置いていた両手でわたしの頬をふにっとつまんで微笑む顔がニヤッとしてるんだけど、どことなく優しい。



「…センパイって……、私だってお母さん歴は長いけど妻歴はとしくんと同じだよ?」



優しくつままれたほっぺのまま反論してぷぅっと膨らませると、ぷっと笑って「そうだったな」って膨らませた頬を両側から抑えられて潰される。



「じゃ、そうだな。家の事に関しては母さんとして指導してもらうか」



ニヤッと笑ってそういうと潰れた頬のせいで突き出したわたしの唇にキスをする。



「としくん、…帰ってからちゅーしすぎ…」



としくんの両腕に手を置いて唇を隠すようにうつむいて視線だけで見上げてボソッと呟くと 、



「煽ってんじゃネェよ」



とギュッと抱きしめられてしまった。
煽るって…。

煽ってないし。



「新婚なんだからいいだろ?平助が寝てる時くらい好きなようにさせろ」



さらにギュッと抱きしめられてとしくんの声で耳元に囁かれちゃったらもうわたしに抗うなんて選択肢はなくってただ顔じゅう熱くなってしまう。



「フッ、だいぶ暖まったみてぇだな」



多分わたしの真っ赤になった耳でも見たんだ。
としくんのキスが耳に、それから首筋に落とされひんやりくすぐったくて頭を傾ければ、両手で顔を上げられてとしくんの顔が寄せられる。



「ずっとこうしていたいと思ってたんだ」



寄せられた唇からとしくんの思いを伝えられる。



鬼教師と呼ばれるほどのとしくんが、
強くて完璧で頼られる事はあっても頼る事なんてないような…、
そんな一人でも強くいられるようなイメージのとしくんが、ずっと誰かと一緒にいられることを望んでいて、
その相手がこんなわたしなんかで…。

こんなわたしを必要だと求めてくれるとしくんが愛しくてたまらない。



夏のホテルで初めてプロポーズをしてくれたとしくんは、それから半年間ずっと変わらず一人暮しを続けていて、
もしかしたらその期間ずっとわたしとの生活を思い描いていたのかもしれない。

鬼と恐れられるほどのとしくんが、

そう思うと、やっぱり人は外見だけじゃわからないものだなぁって思うけど、
そんなギャップの大きさがまた愛しくて、嬉しくて。


としくんが思い描いてた結婚に対するイメージに、きちんと沿っていけるのかなって思いもあるけど、

きっと一緒に生活していく中で、お互いを思いやる気持ちの行き違いだとか、生活の価値観の違いだとか…、納得いかないところも出てくると思うけど、

これから先ずっと一緒に、一番近くで支え合って行く人だからどんなとしくんも愛していられるようにたくさんケンカしたり話し合って一番の理解者になろう。


ここがとしくんにとって一番の安らぎの場所になれたらイイな。


深くて長いキスの間のわたしの思い。


「名前……、愛してる」



離れた唇から紡がれるとしくんの愛の言葉。



「ずっと離れない」



ギュッと抱き寄せられて離さないと言うとしくんの胸で「うん」と返事をすれば、もう一度ギュッと力を込めて抱きしめられ、「よし。」と頭の上で何か切り替えのような言い方をする。



「?」



そんなとしくんの顔を見上げればニヤッと何かを企む表情。



「……え?」

「じゃ、行くか」



そう言ってまたわたしを方向転換させると、帰ってきた時と同じようにペンギン親子で歩き始める。



「え?え?え??」

「風呂の準備。の後はお楽しみ。」



「ずっと離れないっつったろ」



後ろから耳にキスされて一気に顔から火が出るような熱さ。



「おっ!お風呂は一緒には入らなっ!?」

「声がでけぇ」



左手で口を塞がれ耳元で囁かれて、さっきキスされたところからゾワゾワしてくる。



「€%〒☆*\°×°/*$!!!」

「俺の夢、叶えさせてもらうぜ?」



そう言って今度はわたしの左手を右手で掴んで口元に持って行ってわたしの顔の横で薬指にキスをする。



としくんの思い描く結婚生活は、
やっぱり男女の差があるのかなんなのか。

きっとわたししか知らない(わたし以外の人には知られたらいけない)旦那さま歴一年生のとしくん。




ギャップってすごいなぁ〜



って思う年末年始の毎日(毎晩)です。







→あとがき
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