平助の母親
□113.
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教会の入り口に戻ると、そこには真っ白なウェディングドレスを着たかぁちゃんと薄いピンクのワンピースを着た千鶴が立っていた。
「っ!?」
「あっ!平助くん!」
「平助」
二人の見慣れない姿に一瞬息の仕方を間違えてツバが喉に引っかかってむせそうになる。
「平助くん!いよいよだね!」
両手に大事そうに小さなクッションみたいなものを持つ千鶴が頬を赤くして緊張してるのかいつもより上擦った声でハキハキと言う。
「千鶴もなんかやらされんの?」
千鶴の持っているものを見て聞けば、
「やらされるなんてそんな!やらせてもらうんだよ!光栄なことなんだよ!」
いつもの千鶴は何処へやら。
ふんっと鼻息荒く言うけれど、なんかめちゃくちゃ目が輝いている。
「あ…、そうなの…、スゲー…、よかったじゃん…、で、それなんなの?」
千鶴の手に持つ物を指差して聞けば、更に鼻息荒くして興奮気味に目を輝かせる。
「コレはね、リングピローって言ってね、名前さんと土方先生の指輪を乗せてあるんだけどね!なんとコレ名前さんの手作りなんだよ!すごくない!?コレをね、私が神様の前に運ぶんだよ!?」
もう、興奮しすぎて千鶴じゃねぇみたいだ…。
「…本当はね、こういうのって穢れを知らない天使の代わりに小さい子がやるのが普通みたいなんだけど…、」
「私が千鶴ちゃんにやってもらいたくてお願いしちゃったんだ!」
急にトーンダウンした千鶴の言葉に続いてかぁちゃんがえへっといたずらっこのように笑う。
「四人だけのはずだったのに、こんなにたくさんの人がきてくれたんだし、…だったら家族四人で式に参加できたらいいなって思って」
そうだ。四人だけだったらオレと千鶴はただ座ってるだけでよかったはずなのに…。
そんな風に既に中に座ってる連中に対して恨めしさ全開でいると涙声の千鶴がポツリポツリと呟き始める。
「私は…、こんな…、こんなステキなところに連れてきてもらえただけでも幸せなのに…、大好きな名前さんの結婚式のお手伝いまでさせてもらえるなんて…」
「ぁ、ぅ…、や、やだ…、千鶴ちゃん…、泣かないでよぉ…!」
涙声の千鶴にギョッとして顔をみれば、さっきまで興奮気味だったはずなのに今じゃ顔を真っ赤にして目にいっぱい涙を浮かべている。
そんな千鶴を見てかぁちゃんまでもらい泣きして目をウルウルさせ始める。
「おい、今から顔崩してどーすんだよ。もう化粧直してる時間なんてねぇぞ」
土方先生に小突かれて「うぅぅ…」と上を向いて鼻をすするかぁちゃん。
とても花嫁がするような事じゃねぇと思う。
牧師さんが会釈をしながら現れると、扉の両脇に立っていた人たちが、それぞれ扉の取っ手に手をかける。
土方先生に何かを言ってから扉の正面に立つ牧師さんの後ろに土方先生も立つと、それを合図にゆっくりと扉が開かれた。
中から聞こえる透き通るようなキレイな歌声が心にグッと響く。
「っ!!?」
始まった!
なんの心の準備もできてねぇってのに、周りはどんどんお構いなしに進んでく。
土方先生が教会の中に入っていくとまたゆっくりと閉められる扉。
なんなんだこの緊張感…!
バスケの試合前だってこんな緊張なんてしたことないのに…!
バクバクうるさい心臓、
ただじっと地面を見ているだけで変な汗が背中をつたってくる…。
結婚式なんてオレ、テレビとかでしか見たことねぇのに。
初めて出る結婚式がコレって…、
マジどーなのよっ!?
そうこうしているうちに、また扉の両脇に立つ人たちが扉に手をかける。
「…それじゃあ、行ってきます!」
さっきまで涙を浮かべていた千鶴は、いつの間にかキリッとした表情でかぁちゃんに振り返る。
「千鶴ちゃん、ありがとう。よろしくね。」
振り返った千鶴にかぁちゃんが答えると、一瞬、また涙がじわっと目に浮かんだけれど、すぐに最高の笑顔で「はいっ!」って答える。
そして開かれた扉から、また聞こえてくるキレイな歌声に鳥肌が立つと、千鶴は背筋をまっすぐに伸ばして扉の向こう側へ行ってしまった。
残されたのは、オレとかぁちゃん。
それから扉係りの外人二人…。
次にこの人たちが扉を開けた時、
今度こそオレの出番がくる…。
初めての結婚式。
初めての父親役。
多分、ただまっすぐ歩いて行けばいいだけなんだと思うけど、
なんでこんなに緊張すんだよ…!
くっそ!落ち着け心臓!
ただ歩くだけだ!
どぉってことねぇんだっ!