平助の母親
□112.
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☆★増えていく思い出★☆
あれからちょうど一ヶ月、
二学期もあっという間に終わり冬休みに入った。
かぁちゃんと土方先生に星を見に連れってってもらったあの日からオレたちは家族になった。
って言っても、実際はやっぱり今までとそんなに変わりはなくて、土方先生がまったり寛いでるところをちょいちょい見かけるようになったくらい。
今では日曜以外でも学校の仕事が終わった時間でうちに来たり来なかったり…。
家族っていっても、そんなもんなんだ…
って思ってた矢先…。
「見て〜!平助くん!あそこ!いっぱいいるよっ!」
オレと千鶴、それからかぁちゃんと土方先生。
オレたちはまた家族の新しい体験を一つ増やしているところ。
「ぉわっ!すっげぇ〜っ!」
千鶴が指差した方を見れば、そこは太陽の光をキラキラ反射させながら波の上に現れるイルカの大群。
オレの叫びに船の運転手がエンジンの回転数を落としてゆっくりとその群れに近づくように船を操作する。
「こんな近くで野生のイルカが見れるなんて!すごいね!」
かぁちゃんもオレたちと同じように子供みたいに大はしゃぎで、
そんなオレたちを土方先生がため息をつきながらも優しく笑って見てるってのがもう定番。
「ここのイルカたちは野生だけど日本人にはとても懐くよ」
船の運転手がカタコトの日本語をにっこり笑って言うと、向こうにいたイルカの大群がいつの間にか船の近くまで来ていて、ゆっくり波の上を進むオレたちの船に合わせて並走するように次から次へと顔と背ビレを交互に波の上に表す。
冬休みに入ったとこだってのに、オレたちは今、真夏のカッコで、夏の陽射しをたっぷり浴びてキラキラ輝く海の上にいる。
常夏の島、グアム。
ここで明日、かぁちゃんと土方先生が結婚式を挙げる。
ドレス着てキレイな教会でやるだけだからって来たのはオレら四人だけ。
聞いた話によると、校長先生なんか、盛大な披露宴を挙げて自分が仲人をやるんだ!って大騒ぎだったらしいけど…。
やっぱそこは土方先生が拒否したらしい。
まぁ、あんまり言われると拒否りたくなる気持ちもわかるけど…。
オレだって、この年になって自分のかぁちゃんの披露宴なんてこっぱずかしくって見てられねぇよ。
でも、披露宴はやらないにしても、ちゃんとケジメをつけるって意味で結婚式はやるってことになったんだと思う。
土方先生らしいや。
土方先生のお姉さんとこも本当は来たかったらしいけど、帰国して落ち着いたら居酒屋さとうを貸し切って、そこで披露宴代わりの宴会でもしようってことで話は落ち着いた。
きっとそこで校長先生が仲人ぶったことをやるに違いない。
かぁちゃんの職場の人達も呼ぶらしいし。
賑やかな宴会になりそうだ。
結婚式を明日に控えた今日、半日のんびりと時間を過ごそうってことで、ホテルのサービスでイルカウォッチングに来たオレたち。
海なんてじぃちゃんばぁちゃんと一緒に来たくらいしか記憶にない上に、初めての海外。
飛行機だって初めてだし、家族で泊まりの旅行なんてのも初めてで…。
土方先生と家族になってから経験する事ってなんかスケールがデカすぎて、
『家族の思い出を増やしていきたい』なんて言ってたけど、こんなのいっぺん体験したら二度と忘れないっつーの!
父親がいるってこーいう事なんかな?
オレが思ってた父親像とは似ても似つかないけどさ…。
イルカウォッチングも終わってホテルに戻ってきたオレたちはフロントへ預けていた部屋のカギをかぁちゃんと土方先生が取りに行ってる間、ロビーの窓際のソファーでさっきまでいた青い海を見ていた。
「それにしてもあっという間だったよなぁ」
「?」
海を見ながらぼんやり呟いたオレの顔を不思議そうな顔で千鶴が覗き込む。
「土方先生がうちに来るようになってから今日まで」
広い海から目を離さずに、またぼんやりと呟くと、一瞬の間を置いてふふっと千鶴が笑うのが聞こえたからチラッと視線を向けると肩を揺らして軽く握った右手を口にあてて笑う仕草がやけにかわいい。
「ほんとだね。平助くんの個人懇談の日からだもんね。」
千鶴も遠くの海を眺めながら呟く。
「今までさぁ、子供の頃からかぁちゃんの事見てたけど全然男っ気なくて仕事人間でさ、絶対弱音なんて吐かなくていっつも笑っててさ…。でもそれがかぁちゃんなんだって思ってたけどさ…。」
「土方先生と出会って、名前さん、本当に幸せそうに笑うようになったよね。」
千鶴が言うように本当にオレもそう思う。
この短い間で今まで見たことなかったいろんなかぁちゃんの感情を見るようになったのは、土方先生の存在があったからで、変な話だけど、かぁちゃんも泣くんだなとか思うようになった。
初めてかぁちゃんの泣いたとこ見た時は本気で焦ったけど…。
泣いてるかぁちゃんにオレは今でもきっとどうしていいかわかんなくてパニックになっちまうだろうけど、だけど、かぁちゃんが泣いた時は必ず土方先生が何とかしてくれる。
つぅか土方先生にしか対処できないんだと思う。
それくらいかぁちゃんには土方先生が必要で、
オレも土方先生がいなきゃ困っちまう。
土方先生がいるから泣いて毒出しできるからいいのか、土方先生のせいで泣いてるのかわかんねぇけど、多分オレが知ってる以上にかぁちゃんはいっぱい泣いて土方先生に呆れられながら涙を拭いてもらってるんだと思う。
きっとこれからも…。
そんな事を思いながら、千鶴と二人で黙って青い海を見ていた。