平助の母親

□109.
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「きゃ…!」

「初めて…、いや。二度目にお前と会って感じたイメージ」



突然抱き寄せられて驚いている名前を抱き抱え、ヒントを出す。



「え…??二度目………?」



驚きながらも俺の胸元に手をついて顔を上げて俺の表情を伺うように見上げる。



「………、二度目って…、個人懇談……?」



名前の記憶を辿る表情と、
『個人懇談』というフレーズに思わず噴き出してしまう。



「ふっ!あの時の印象は………!お前ほんと酷かったぞ?」

「えっ!?なんで!?何が!?」



あの時の名前は、登場から帰るときまで、ほんとにこいつ一人で何役やってんだってくらいいろんな表情してたな。

息切らして登場して時間に間に合ったのがわかるとガッツポーズ、俺の視線にビビって萎縮して…。
面談の内容に落ち込んで亡霊みたいに燃え尽きたり…。

一瞬でいろんな表情の名前を思い出して噴き出すと、背を伸ばしてむくれ顔を俺の顔の高さに持ってきて睨み付ける。



「もぉっ!酷かったぞってどーいう事!?なんで笑うのー!?」



笑う俺の頬を両手でつまんで引っ張る名前。



「は…、はは…、わりぃ…、離せ…」



こんな、俺の頬をつねるヤツなんてこいつが初めてで、
だが、そんなことも名前なら許せてしまう。



「もぅ!」



と言いながらきゅっと力を入れられ離された頬を片手で覆いながらにやつく口元をとりあえず隠す。



「個人懇談じゃなくてその後だよ、ここで飯食って帰るとき」

「え?帰るとき???」



再度ヒントを出すが思い付かない様子で考え込んでいる。



「帰るとき???……、え、何かあったけ?……???全然わかんない。ここで頭ぶつけたのは覚えてるけど……」

「ははっ!そぉいやそうだったな!」



お互いちゃんと、短い間の事だが、二人だけの思い出が、一緒に過ごした分だけきちんと一つずつ記憶に刻まれていると思い嬉しくなる。
こんなに『嬉しい』という感情がはっきりと自分の中で確認できることなんて今まであっただろうか…。


未だに俺の目の前にある愛しい存在。
名前の腰に両手を回してぐっと抱き寄せて密着させる。




「春の月」

「え…?」



体が密着したことで近づいた顔の距離。
その距離に少しだけ背を反らせて距離を取ろうとする名前の背中に手を当てて、それ以上離れていかないようにする。



「おまえが俺と千鶴を見送って手を振っているとき、月明かりが優しくおまえを照らしていた…。その月明かりのイメージが、俺が思うおまえのイメージだ。」

「……月………、」

「一番最初にショールームでおまえの笑顔を見たときはまた違った印象だったんだがな…。あの時はきらきら輝く星だと思った…、だが、翌日会ったおまえはまるで別人で、あの星のイメージはおまえはおまえであっても『仕事用』のお前だと思った。」



俺の言葉を真正面で静かに聞いている名前の頬に右手を充てる。



「仕事用のおまえは星だ。無意識だと思うが実は一生懸命輝きを絶やさないように、強くあろうと笑顔を作って保ち続けようとする。それも自分の為じゃなく周りの人間の為に。おまえが笑えばみんなが幸せになれるからな…」



綺麗な瞳を見つめ話続ける。



「だが、仕事から解放されたおまえは星の輝きとは違う柔らかい輝きに変わる。
月の光のように…。
だが、月は…、おまえは、自分自身、お前だけの力だけでは輝きを発することはできない。おまえを照す存在がいなけりゃ光ることはできない。」



黙って聞いていた名前の瞳が揺れる。



「おまえを…、月を照す存在…。太陽の光。」

「………、」



俺の目を揺れる瞳で見つめる名前。


「……ふっ、俺じゃねぇぞ?」

「ぇ………?」

「おまえの太陽は…、」



視線を右にやり、写真立ての並ぶサイドボードに向けると、名前もそれに倣って同じようにサイドボードを見て呟く。



「平助…?」



その呟きに頷く。



「平助が輝いているからお前も輝く。その光は優しく、柔らかい光で、本当のお前らしい輝きだと思った。」

「…………、」

「だからこれはおまえをイメージしたあの日の月の形だ」




あの日の優しい光を放っていた月のように、
満月のような丸でもなければ、
三日月のような鋭いものでもない。

ふっくらと丸みを帯びた優しい春の月。




「………、としくん、器用すぎ…」



うっすらと目尻に涙を滲ませて笑う名前はサイドボードから俺の左手に視線を落として指輪に空いた小さな形を親指で確かめる。



「それじゃあとしくんは地球かな」

「……?地球……?」



思ってもみない単語に思わず聞き返す。
そんな俺に額をつけて俺の右側の頬を指輪をつけた小さな左手が覆う。



「そう、地球。………、月は地球の引力から離れられないから…」

「……!?」



そう言うと寄せられる柔らかい感触。



「だいすき」



離れた唇が紡ぐ言葉に、俺の理性は完全に弾けた。




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