平助の母親
□108.
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☆★としくんの指輪★☆
としくんから渡された小さな箱。
わたしの指にはめられたものよりも、もう一回り………、
以上大きいサイズの指輪が残っている。
としくんと、さっき座ってた時と同じようにソファに座る私たち。
わたしの背中から覆い被さっているようなとしくんの両手が箱を持つわたしの両手を包み込む。
「これ…、作って来たって…、どこに行ってたの?」
箱に残る指輪を見つめながら聞けば、わたしの左の肩に顎を乗せるとしくんの声がすぐに耳に返ってくる。
「フランス」
…………、
……………、
………………、
「はぁっ!?」
思わぬ答えに平助の口癖のような声が出てしまう。だけどそうなってもおかしくないと思う。
思いっきり驚いて振り向けば「おっと」と言って顔を避けるとしくん。
その顔は目を見開いて驚いているようだったけど、いやでも本気で驚いてるのはこっちだから。
「ふ…、フランスって…、なんで…そんな急に…」
いきなり行くっていって行けるようなとこなの?フランスって!?
あまりにもすっとんきょうな答えにそれ以上言葉がでないわたしに、としくんはなんでもないといった様子で会話を続ける。
「急にって…、そりゃサプライズ装ってたからな。お前に言ってなかっただけで本当はあのホテルでこの壊れた指輪の話聞いてから決めてたことだ」
そう言ってソファの脇に置いていたリュックからお財布を取り出して更にそれから摘まみ出した物をわたしの目の前に差し出す。
「え…、これ…、…いつの間に…?」
差し出されたそれは紛れもなく藤堂さんからの御守り…、
壊れた石のない指輪。
「土曜の朝、こいつを取りに来たんだよ」
そう言ってポロっとわたしの掌に乗せる。
「え…、だって、…あれ……?」
だって、わたしが仏壇の写真の前に置いた時、ちゃんと中身入ってたような…。
「こいつのサイズが今のおまえの指にぴったりかどうか確かめてなかったから多少の不安はあったが…、指のサイズって案外変わんねぇもんなんだな」
ふっと笑ってわたしの左手を取り薬指に輝く小さな指輪をそっと親指で撫でる。
「え…、いやでもなんでフランス…?」
そんなフランスなんて、国内を移動するだけでも航空券とかほいほい出せる金額じゃないのに…。
「昔から決めてたんだよ。俺の女になるやつにはここの指輪をやるってな」
そう言って開いていた箱の蓋の内側に印される金色の刻印。
「……これも……、オーダーメイド……?」
まさかと思いながらも恐る恐る聞けば、
「いや?」と答えるとしくんに、微かにホッと息をつこうとした瞬間、
「オーダーメイドっつーか……、俺の手作り……。ハンドメイド」
………、
………………。
「………ん?」
「手作り。」
「……作ったの?」
「そう。」
「フランスで?」
「おう。」
「としくんが?」
「そう。俺が。」
………、
……………、
「なんでぇ?」
………、
「いや…、『なんでぇ?』っておまえ、オヤジかよ。」
わたしの受け答えにいささか眉間にシワを寄せ始めたとしくん。
え、でもこうなっちゃっても仕方ないよね?
だって、指輪作りに行く?フランス。
「行かないでしょフツー!」
「なっ!?なんだよいきなり!?」
ばっとソファから立ち上がりとしくんに向き直って見下ろせば立ち上がったわたしに驚いたのかソファの背にもたれて目を見開いた顔をひきつらせている。
「なんだよいきなりはとしくんでしょうが!?なんでフランスなの!?そんなん普通行かないでしょ!?普通じゃないよ!」
「なっ!?……、普通じゃねぇって…、別にいいだろーが!俺がしたかった事なんだからよ!それにおまえが今日から休みだからと思ってちゃんと月曜に帰国できるようにこっちはきちんとプラン立てて行ってきたんだ。いきなりじゃねぇんだよ、全然!」
立ち上がったわたしの受け答えの剣幕に合わせてとしくんもソファから立ち上がっていつもより二割増し位の音量で言い返してくる。
「プラン立ててたからって…、そんな、一体いくらかけてるの!?フランスなんて、往復で一体いくらかかるの!?意味わかんない!」
「だから!俺がしたくてやったんだからいくらかかろうがお前にゃ関係ねぇだろうが!?俺がお前にしてやりたくてやったんだ、つべこべゆーんじゃねぇよ!」
「はぁあっ!??なにそれっ!?そういうこと言う!?」
「俺の金で俺のやりたいことやって何が悪いってんだよ!?」
「べっ…!別に悪いなんて言ってないでしょ!?ただわたしにはそのお金の使い方が理解できない。意味わかんない。」
「なっ…!?俺がいつか本気の女にと思って貯めてた金をどう使おうが俺の勝手だろうが!?」
「っ!?………、だけど!……わたしはそんなお金かけてもらうことより!………、一緒にいてくれるだけで、…いいんだもん……………!」
「っ!…………。」
こんなにお互い言い合いなんてしたことなくて、なんだかお互いに息が上がって…。
これ以上言葉が続かない。
だけどとしくんはそのまま一度大きくため息をついて、ふっと眉を下げて微笑んで、
右手を上げてわたしの頬をそっと撫でてきた。
「悪かった…。もうおまえを置いていかねぇから…。」
「えっ!?違っ!そういう意味じゃ…!」
「もう一人にしない。ずっと離れない。一緒にいる。」
「だからっ………!」
頬を撫でていた手が頭の後ろにまわって、目の前にとしくんの白いシャツが迫ってきたと思ったら、思いっきりとしくんの硬い胸板がわたしの顔面に激突する。
「わぶっ!?」
わたしの変な声なんかお構いなしのとしくん。
「だから、俺の本気を受け取ってくれ。」
両手で顔を上向きにされ塞がれる唇。
こんな強引で自分勝手なプロポーズ……。
きっととしくんにしかできないプロポーズだ……。