平助の母親
□107.
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「としくん、……離して…」
震える声で小さく言う名前に、
俺は、名前にこんな思いをさせるために発ったんじゃねぇと、二日前の自分を悔やむ。
「黙って行って悪かった…。お前にこんな思いさせるとは思ってなかった…」
「………。」
「ちゃんと行き先、言うべきだったな…」
そう言って抱き締めた名前から体を離してソファの脇に置いたリュックを手に取り中を漁る。
「行き先って…」
背後で小さく呟く名前の声が聞こえて、
まだ名前の心が完全に俺を閉ざしていないとホッとする。
中から取り出した物を手に振り向き、名前の前に立つ。
「これを作って来た…。」
そう言って名前の右手を取り、その掌の上に取り出した物を乗せ蓋を開けてやる。
「お前の御守り…、壊れちまっただろ…?それに俺以外の男からの御守りなんざ必要ねぇと思ってな。」
名前の掌に乗せた箱から一つ、
小さいリングをつまんで見せる。
「こんなもんなくても俺がお前を守ってやれりゃいいんだが…、
だが、これは俺にとっての御守りだ。
これがありゃ他の男が寄り付かねぇだろ」
言いながら名前の左手の薬指に通せば吸い付くようにぴったりと収まる小さな指輪。
「おまえを喜ばせたくて、サプライズにしてやろうと思って…、黙って行っちまって悪かったな…。」
指につけられた小さな指輪をじっと見ているのか、俯いたままの名前の髪を耳に掛けて、そのまま頭を撫でてやると、俺の手の動きに合わせて顔を上げる。
その顔は相変わらず涙でグズグズで、目も鼻も頬も赤くして。
「守ってやるなんて言って…、こんなに泣かせちゃ何の意味もねぇな…」
「う…、うぅ……っ、うぅー」
散々涙でボロボロの癖に泣くのを堪えているのか喉から絞り出すようなうめき声を上げる名前が愛しくて、
愛する女をこんなに泣かせて、
名前の涙の訳をしっかり自分に刻み込むように濡れた頬を親指で撫でてやる。
俺がいないと腐っちまうってんなら俺だって同じだ。
俺はもう一度世界に一人しかいない一片をこの腕の中に抱え込む。
「もうおまえを置いて行ったりしねぇ。二度と寂しい思いなんてさせねぇ。だからもう会わないなんて言わないでくれ。」
抱え込んだ名前の頭を撫でて、その髪に顔を埋める。
「おまえがいなきゃ俺だってダメになっちまうんだよ…。」
名前の小さな頭を抱えて自分の頬を押し付けるように、名前の香りすら離したくない。
「絶対に離さねぇからな」
そんな俺の呟きに泣きながら何かを言う名前。
その声は俺の左肩に抑え込まれて籠った声でしかない。
少しだけ抱き締める腕の力を弛めてやればもう一度口を開く。
「………、としくんは……、いつも突然すぎなんだよぉ…」
まるで子供が悔しくて天を仰ぎながら泣くのと同じように顔を上げて泣く名前に思わず笑ってしまいそうになるが、ここで笑ったらまた機嫌を損ねちまう。
「悪かった。もうしねぇよ」
上げた顔に口付けを落としてやれば「うぅぅ〜!」と言ってまた俺の胸に顔を隠してしまう。
「名前」
呼び掛ければぎゅっと俺の胸元のシャツを握って反応する。
「ずっと一緒だ」
抱え込む腕にまた力を込めて名前の頭に顔を埋めた。
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