平助の母親
□106.
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☆★二人の温度差★☆
「で?なんかあったのか?」
着替え終わったのかソファに座る俺の背後に立つ名前の気配に声をかければ、そのまま何も言わずにさっきまで体に巻き付けていたバスタオルを持って洗面所へと消えていった。
「………なんだ?怒ってんのか?」
ソファの背にもたれて廊下の先を覗きこんでいるとやがて聞こえてきたドライヤーの音。
「…………。」
なんだか機嫌が悪いみてぇだな…。
まぁ、名前も女な訳だし、そんな日もあるか…。
ため息をつきつつ、部屋の様子をぐるりと見渡してみる。
そんなに頻繁に来る訳じゃねぇが、やはり平助や千鶴がいない分、部屋に滞る空気がなんとなく違う。
それにこの後ろに敷いたままの布団だとか…。
俺の知る限り、名前はこんなやりっぱなしの状態をほっとけるような女じゃねぇ。
……、どっか具合でも悪いんじゃねぇのか………?
そんなことを考えているうちに、ドライヤーの音が止まり名前が俯き加減に姿を現した。
「名前…」
「っ!………、」
俺の呼びかけに一瞬肩が跳ねたが、そのまま台所へと入っていこうとする。
「名前」
「っ…」
声を低めてもう一度呼び掛ければ、今度こそ息を飲んで足を止める。
「こっちに来い」
「………、」
「来い。」
俯いたままだったが、俺の側までゆっくりと寄ってくると、俺の座るソファの少し前で立ち止まる。
「…………、」
俺に一切視線を合わせないようにしているんだろう…。
視線を逸らして俯いたままの名前のTシャツの裾をつまんで引っ張る。
「これも平助のおさがりか?」
俺の問いかけが意外なものだったのか目を丸く見開いて漸く俺と視線が合わさる。
たったそれだけのことがやけに嬉しくて思わず顔が緩んでしまう…。
「これ…、平助も着てたのか?」
Tシャツの柄を見て少し笑いながら聞けば名前も少しだけ力が抜けたのか弱々しい声だが返事を返してくれるようになった。
「……、いえ、平助にって買ってきたんだけど、こんなの着ねぇよって突き返されちゃって…」
「はっ…、そりゃ……、着ねぇよな…」
そりゃそうだと小さく笑う俺の言葉に、かぁっっと顔を赤らめて、
「なっ!?なんで?かわいいのに、スポンジボブ!」
と柄を見せるようにTシャツの裾を引っ張る。
「ふっ、いいよ、見せなくても…」
そう言って名前の腕を掴んで引き寄せれば、簡単に俺の膝に収まってしまう。
「きゃっ…」
ふわりと香る風呂上がりの香りを抱き締めて首筋に顔を埋める。
「と、としく……」
「……充電」
「っ!?………」
耳元でそれだけ短く呟けば次第に体の力を抜いて俺に身を預けるようにおとなしくもたれてくる名前。
何を怒っていたのかわからねぇままだが、今はこうして二人心を静める時間を大切にしたい。