平助の母親
□103.
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☆★ひとりの時間★☆
「ただいまぁ………」
玄関の鍵を開けて、とりあえず誰もいないのはわかってるけれど、ついいつものクセで口に出して言ってしまう。
平助も千鶴ちゃんも誰もいない家の中は、まだ真夏の夕陽が差し込んでいるとはいえ暗くてさみしい。
加えて一日中閉めきっていたせいで籠る空気の息苦しさにスーツのジャケットをソファーに脱ぎ捨てるなりまっすぐ空気の入れ換えに窓を開けに行く。
もうすぐ日も沈んで真っ暗になるというのにどこかの家の木にでも止まっているのか元気に鳴き続ける蝉の声は静まろうとはしないみたい。
はぁ…、と取りあえずの深呼吸紛いのため息をつくけど…、
やっぱりエアコンにしよう、
平助もいないし、窓開けとくのはなんとなくちょっと怖い気もするし…。
今開けたばかりの窓を閉じてしっかり施錠も確認。
レースのカーテンと合わせて遮光カーテンもきっちり閉めて、テレビの横に配置したサイドボードへと足を向ける。
部屋の角に置いたサイドボードには相変わらずわたしのお気に入りたちが雑然と並んでて、その中に紛れ込まないように、わたしなりにきちんとしたリモコン用のかごの中からエアコンのそれを取り出して運転ボタンを押す。
ピピピと自動運転の音と共に吹き出し口からはエアコンの精一杯の努力の風が吹き出して、いかに部屋の中が暑かったかを知らせてくれる。
「わぁぁ…、すごい温度…」
最大限の風量で部屋を最適温度に達するまで頑張ろうとするエアコンを見上げれば中央に表示される数値を見てげんなり。
まだまだ暑いながらも冷たい風が巡回し始めた部屋。
リモコンを元のかごに戻して、目に入った写真立てを一つ手に取る。
………、
今年に入ってこうして平助のいない夜を過ごすの、二回目かぁ。
なんだかいろんな事がいっぺんに起こりすぎて、今までべったり過ごしていた平助も、急に離れていっちゃうみたいで…、
なんか…、
わたしだけ周りについていけてないかんじ…。
手に取った写真はわたしの一番のお気に入り。
眩しい太陽のような明るい笑顔の平助と、その元気いっぱいの平助にパワーを貰うように後ろからしがみつくように抱きつくわたし。
他の写真も見回してみれば、そこにはわたしと平助、それから父母の穏やかな笑顔もあれば千鶴ちゃんだって笑ってる。
たった数年間のうちに撮った写真なのに、
写真の中にいる平助や千鶴ちゃんの成長っぷりったら…、
まるで二人の進化の展覧会みたい。
そう思ったらなんだか面白くなってきて二人の成長に合わせて写真立ての配置を並べかえちゃったりして。
ふふふ。二人とも小さい頃から目がクリクリ。
シロツメクサがいっぱいに広がる公園で、地べたにぺたんと座り込んだ二人がカメラを見上げるアングルとか。
狭い庭に広げたビニールプールで遊ぶ二人。
父母と楽しそうにしゃがみこんで潮干狩りしておっきなアサリを見せびらかす得意気な顔。
手も足も身長も、
二人ともどんどんドンドン大きくなって…、
今じゃ平助の方がわたしより掌大きいかも…。
なんていろいろ思いながら雑然とした配置を変えていると、左手に持った写真立ての角が何かに当たってポロっと足元に落ちてしまう。
「あ、あれ。わたし置きっぱなしにしてた…?」
落ちた物を拾い上げる。
それは母が御守りとして作ってくれた小さな小さな巾着袋。
平助の安産を願って作ってくれたものだったけれど、平助が生まれた後もずっと持ち歩いていたもの。
だって、その中には、安産を願う思いだけが込められているだけじゃなかったから…
ホテルで外れちゃって以来、ずっと置きっぱなしにしてたんだ…。
いろいろありすぎて、家の細かいこと、隅々にまで目が行き届いてなかったな…。
そんなことを思いながら巾着を持って小さな仏壇の前に座りこむ。
「ただいま。もうお盆だよ。」
一人呟いて母と父の笑う写真の前に巾着をそっと置く。
「明日、急にお休み頂いたから、予定してたよりも少し早いけど、お参り行くね」
今年はわたし一人だけどね
手を合わせてチーンとお鈴をならす。
せっかくのお盆に平助連れていけなくてゴメンねと写真を見れば、やっぱり穏やかに笑う親の顔。
この顔を見ているといい歳した今でもなんだかホッとしてしまう。
わたしも二人みたいに平助に安心を与えられる顔で笑えてるのかな…?
しばらくそこでじーっと座って写真を眺めていると、お腹が空いたとぐぅっと鳴って、
わたしどんだけだろって我に返ってやっと帰宅後の身仕度に取り掛かった。
やっぱりわたし、一人じゃダメだなぁ…。