平助の母親

□101.
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「…………、」


「…………。」




朝のニュース(芸能コーナー)の画面に顔を向けつつお味噌汁のお椀に口をつけるとしくんを、炊きたての白米を噛みしめながらチラ見する。



「…………、」

「…………、うまいな」



テレビの声しか聞こえなかった空間にズッとお味噌汁を啜った後に呟くとしくんの声が二人の沈黙を破る。



「できたてだからね…」



朝の炊きたてご飯と簡単にだけど作ったばかりのお味噌汁がわたしの朝の定番。至福の時。
だけど平助は「毎日おんなじのじゃつまんねーよ」と勝手にパン食にしたりする。

そんな時はわたしが用意したお弁当のほかに、千鶴ちゃんがお釜に残ったご飯でおにぎりを作って平助に持たせてくれるから、夕方にはまた炊きたてのご飯に巡り会えるっていう毎日の幸せサイクル。


お盆休みは平助もいないし、自分一人だけだと思ったから、夜は残りご飯かぁ…。
何て思いながらいつもより少なめに炊いた訳だけど…。

思わぬ尋ね人のお陰で今晩も炊きたてご飯に巡り会える!


そんな小さな幸せを噛み締めていたら、またまたとしくんの小さな呟きがテレビの音に紛れて聞こえてくる。




「お前と暮らすようになったら…、毎朝こうしてうまい朝飯が食えるんだな…」



左手にお椀、右手にお箸を持ったままお椀の中に視線を落として呟くとしくんは数秒そのままの姿勢で固まっているみたいに動かない。



「…………、」

「…………。」

「……、あの……、としくん……?」



そのまま動きのないとしくんの顔を覗きこむように見上げると、お椀の中に向けられていた視線がジロっと上げられその強い紫紺の瞳がまっすぐにわたしに向けられる。



「っ!?」



その強い眼差しに一瞬息を飲み込んでしまったけれど、そんなわたしを見てとしくんはふっと表情を柔らかくして優しく微笑むと



「この歳になるまで、ヘタな女と早まったりしないで正解だったな」

「………へ?」

「よく近藤さんが『果報は寝て待て』何て言ってるが…、ほんと、俺は幸せもんだ…」



いつものクールな顔でさらっと言うと、もう一度お味噌汁をズッと啜った。

そんな様子が可笑しくて、まさかとしくんがそんなこと言うなんて……、


染々と満足そうな顔でお箸を進めるとしくんを見て、がんばって笑うのを堪えてみるけど肩も震えちゃうし唇もわなわな歪んでしまう。

変な顔を俯かせて必死で笑いを堪えるけれど………、

………っ…………だっ、
ダメだ………、




「………何笑ってんだよ」

「ぐっ……、っく…、わ、笑って…、ないよ?」

「ぐってなんだ、ぐって…」



お箸を持ったままの右手で額を正面からパンチされる。
そのまま顔を上げるとそこにあるのは微かに頬を染めたとしくんの顔。
そんなちょっぴり照れてバツの悪そうな顔でムッとするなんて…。



「ちょっ…、としくん!ほんと、それないから!反則っ!」



もぉ、としくんのそのギャップ、ほんと可愛すぎてありえない。
ひーひー笑うわたしに、より一層顔を赤くしてムスッとするとしくんがかわいくて愛しくてたまんない!



「い…、いつまでも笑ってねぇでさっさと食いやがれっ!」


カーっといつものお決まりで怒鳴るけど、
ダメだ…。
ツボすぎてよけい笑っちゃう。



お味噌汁をカッと飲んでご飯を頬張り沢庵も放り込んで。
わたしから顔を逸らしてテレビに向けるとしくんの横顔はサイドの前髪で隠れて見えないけれど、髪から覗く耳は真っ赤でそれを発見したわたしはまたまた笑いが混み上がってしまう。

いつもクールで冷静なとしくん。
怒ると火山の噴火のようにおっかない。

だけど、時々見せる優しい顔や驚いたときの顔も、
こんな風に照れたりむくれたりそっぽ向いたり…。



いろんな感情でいろんな色を見せてくれるとしくん。



表情だけじゃない。

怒ったときの声も、落ち着くような低音の声も、ひっくり返った少し高めの声も、



としくんのすべてがすき。だいすき。




「ふふふ…。だいすき。すごくすき」




笑いながら思わず言葉になって出てしまった声に一瞬咀嚼するあごの動きが止まったとしくん。
前髪の隙間から瞳がこちらをチラっと覗くと



「笑って言ってんじゃねぇよ…」



と、また沢庵をバリボリ音を立ててご飯をかきこむ。

そんな照れてるとしくんを見ながら食べる朝ごはんは特別おいしくて本当に幸せで。




いつかこんな朝が当たり前の毎日になるなんて、今はまだ想像もつかない幸せなひととき。

大好きな人と同じ時間を過ごすことの幸せを、この歳になって初めてわかったような気がした。




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