平助の母親
□98.
2ページ/2ページ
初めて来た居酒屋さとう。
土方先生のお姉さんとそのだんなさんのお店。
料理はウマイし出てくるのも早いし、お店の雰囲気も悪くない、
………と思う。ほんとだったら。
「平助くん、これおいしいね。」
「あ、お…、おぅ」
「これなんだろう、もう食べた?」
「お?あぁ…、うん…」
彦五郎さんって言う土方先生のお姉さんのだんなさんがこっちで食うようにって連れてきてくれた席で千鶴と向かい合って飯を食う。
どれもこれもかぁちゃんやばぁちゃんが作るような料理みたいなのに、野菜の切り方とかメッチャ丁寧だし、味も濃いわけじゃないのになんかインパクトがあって、とにかくうまいもんばっかりだ。
いつものオレならこんな風に千鶴にいろいろ聞かれる前にががっと食っちまってるはずなのに、こんなうまそうに並んだ色とりどりの料理を前にしても、なんだかいつもみたいに箸が進まねぇ。
「平助くん、疲れた?」
心配そうに眉をひそめてオレの顔を覗きこむように見上げる千鶴に、
オレらしくもなくなんとか作った笑顔を向けて応える。
やっぱりさっきの一件で、ちょっと疲れちまったかな…。
それにさっきのこと思い更ける間もないくらいここは騒がしいしな…。
つーか…。
まさか本物の父親が出てくるなんて夢にも思ってなかったから。
オレには父ちゃんなんて呼べるような大人の男の人なんていないんだって、ちっちぇえ頃からなんとなく理解してたし。
それにじいちゃんとかぁちゃんがしっかり働いてくれてたから特別ビンボーってワケでもなかったみたいだし、いつも家に帰ればばぁちゃんがいてくれてたから寂しいなんて思ったこともなかった。
父ちゃんがいないからって特別どうってことねぇって。
でも、たまに、
誰にも言わなかったけど、やっぱりたまに考えたことはあった。
オレの父ちゃんはどんな人なんだろう。
もし一緒に暮らしてたら、オレも他のやつらみたいに、父ちゃんとサッカーしたりキャッチボールしたり、一緒に自転車走らせてどこまでも出掛けたりしたんだろうかって…。
だけどどんだけ考えたってオレには父ちゃんなんていないのが事実で、そんな考えなんてしたって無駄だしする必要もないと思ってきた。
顔もなんもわからない人の事なんて考えたって、楽しくもなんともなかった。
だけど…、
やっぱり、さっきの藤堂って人は、
ほんとに本物のオレの父ちゃんなんだ…。
顔を見たらすぐにわかった。
いや、わかったってゆーか、感じた?
理屈とかなんかそういうんじゃないけど、こんなことって実際あるんだな…。
あの人…。
ほんと情けねぇくらい泣き笑いみたいな顔してたな…。
だけど、
すげぇ柔らかかった…。
オレを見る眼差しとか、頭を撫でる手つきとか…。
どんな事情で別れちまったのかわかんねぇけど、
ほんとに今まで会えなかった間、ずっとオレたちのこと忘れずに、大切に思っててくれたのがわかるくらい優しかった。
多分、いつも家に一緒にいるやつらにはきっとわかんねぇ感覚だと思う。
「平助くん…?」
「ん?あ、あぁ…」
「さっきの…、平助くんのお父さんのこと…?」
「…ん、んん」
「優しそうな人だったね…。ちょっと、平助くんに似てた」
「そ、そうかぁ?」
「うん、目の辺りとか特に」
「……あー、でもそっか…、だからなんとなくわかったのかなぁ〜」
「?」
「なんかさ、オレ、あの人の顔見た瞬間感じたんだ。なんか…、この人のこと知ってるって。会ったことなんかねぇけどさ、魂が知ってるっていうか?直感?…なんてな、」
半分真剣に話してたけど最後の方はなんか自分で言ってて照れ臭くなってきたから、なんてな、とかいって笑って見せると千鶴もそんなオレを見てふふって可愛く笑う。
だけどすぐ次の瞬間千鶴の目が
オレの頭上を越えてまんまるく見開かれる。
「あはは、魂が知ってる…だなんて、随分ファンタジーなこと言うねぇ」
「そっ!総司っ!」
あははと人をバカにしたように笑いながらオレの隣の椅子に座って頬杖をついてもう片方の手でオレの背中をバシバシ叩く。
しかも結構いてぇ!
「平助くん、それって直感って言うよりも歴とした記憶だと思うよ」
「はぁ?んなわけねぇだろ!オレが生まれてからは会ったことねぇんだから見覚えなんてあるわけねぇだろ」
「実際会ってなくてもきっとテレビでニュースなんか見てれば一度は見たことあるかも知れないじゃない」
「は?テレビ?」
「そ。テレビね」
「なんであの人がテレビに出るんだよ、しかもニュースって…」
まさか本当にヤクザの親分なのか?
でもニュースに取りざたされるようなデカいヤクザなんて…、藤堂組なんて聞いたこともねぇぞ?
「あはは、平助くん、今ほんとにヤクザかもなんて思ってたでしょ!」
「う…、うっせぇ!」
「あーはは、ほんとにヤクザでも面白かったんだけどね。はぁ、でもほんと君って知らないんだね、少しは社会情勢とか勉強した方がいいよ。バカな男ほど情けないしみっともない事ってないからね」
相変わらず人のことバカにするだけして飄々と元いたカウンターへと戻っていく。
くぁあ〜〜〜〜っ!なんだよあのやろー!
マジでムカつく!
何事もなく椅子に座り楽しそうにかぁちゃんや土方先生のお姉さんと話始める総司の背中に殺気を送り続けていると、さっき総司が言った言葉をポツリと千鶴が呟くから、総司なんかに念力送るなんてムダなパワーを使うのはやめた。
「でもテレビに出るなんて、一体どういうことだろう?やっぱり有名人なのかな?」
「さぁー?テレビつってもニュースだろ?有名人なわけねぇじゃん。なんか地元の紹介コーナーとかでちょっと出たのをたまたま総司が見たとかってだけじゃねぇの〜?」
「そうかなぁ?ちょっと調べてみよっか!」
そう言ってケータイで検索し始める千鶴。
「とうどうたかゆき…、っと」
入力後検索ボタンを押して読み込み中の画面を二人で覗き込む。
出てきた検索結果のページのトップにはなんとあの人の顔写真と簡単なプロフィール、その次にはWikipedia。
「え……、」
「う……、ウソだろ………」
Wikipediaに書かれていた内容。
藤堂 高猷
三重県副知事
元衆議院議員
出身校 東京大学経済学部、ハーバード大学卒業
「な……、ま、マジかよ…!?」
つーかかぁちゃんどこで知り合ったんだよっ!
未だに三人バカ騒ぎしている背中を見て信じられない事実を目の当たりにするオレと千鶴だった…。
Next→99.-閑話-沖田劇場へようこそ!