平助の母親
□98.
1ページ/2ページ
☆★居酒屋さとう★☆
「ほらほら!遠慮なんてしなくていいから!たぁーくさん食べなさいね!」
目の前のカウンターから次から次へと出されてくるお料理にわたしも平助も千鶴ちゃんも目を見開いて固まる。
「おい、もうそんなにいろいろ持ってこなくていいからゆっくり食わせろ」
割り箸をパシッと割って出されたお料理をさっそく食べ始めるとしくんにわたしの隣に座る沖田くんが身を乗り出してまた茶々を入れる。
「あ〜れぇ〜?土方さんったらいただきますも言わずに食べ始めるなんて…、ほんとお行儀悪いなぁ」
「〜〜〜〜、うっせぇ!黙って食いやがれ!てゆーか勝手についてきやがったクセにガタガタ言うんじゃねぇっ!」
「あーコワイネー。勝手についてきてとかいって…、ボロ車に無理矢理押し込んだの土方さんじゃないですか。さっきも思ったけど土方さんの方があの人たちよりよっぽど893らしいよ。」
「ね、名前ちゃん」と可愛く首をコテンと傾げて同意を求める沖田くん。
千鶴ちゃんと平助の向こうに座るとしくんはそんな沖田くんに「誰がヤクザだっ!」とガタンと椅子から立ち上がって怒鳴り散らす…。
端と端に座らせたのにやっぱりこーなっちゃうんだから…。
「平助くんも千鶴ちゃんもほんとお行儀いいのねぇ!やっぱり名前ちゃんの育て方が良かったのね!」
「え……、あ…、いぇ…」
としくんの隣に座りドギマギと返事をする平助の前に立ってニコニコと二人に笑顔を向けるお姉さん。
としくんの事は全くスルーです。
「あはは、おのぶさん、平助くんは別にお行儀がいいってワケじゃないですよ。単に土方さんの関係者だと思われたくなくてじっとしているだけなんです。」
あははははと楽しそうに笑う沖田くんに対して、沖田くんが楽しそうに笑えば笑うほどとしくんの頭上は火山の如く温度が上がり、平助と千鶴ちゃんは小さく肩をすくめてかわいそうなくらい身の置き方に困っている。
あー、こんなことなら家で簡単に冷や麦にでもすればよかったなぁ…。
あの後、結局なんやかんやで7時を回り、原田さんはショールームへと帰って行った。
じゃ、わたしたちもこれでと三人家に向かおうとすれば…、
「それじゃあ土方さん、お疲れさま。明日からのお盆休み、ゆ〜っくり俳句でも詠んで有意義に休んでくださいね。あ、土方さんは夏の句は得意じゃないんでしたっけ?あはははは」
なんて笑いながらわたしの肩に手を置いて一緒に家へと歩き出す。
「え?」
何故沖田くんも我が家へ?と思うと横から平助が
「今日はうちで晩飯食わせろってついてきちまったんだよこいつ…」
と小声で耳打ちする。
「え…、そうなの…?」
「誰がこいつだって?平助くん?」
にっこりと笑みを向けられた平助はひぃっ!と後退り顔面蒼白。
一体どんな顔向けられたんだろう…?
「だけどもう、ちゃんとした食事を用意するような時間もないし、冷や麦くらいしかできないよ?ね、千鶴ちゃん」
平助同様、沖田くんの存在にどことなく落ち着かない千鶴ちゃんに話を振ればヘッドバンギングくらいの勢いでぶんぶん頭を上下に頷く。
千鶴ちゃんこわい…。
「ふぅん、まぁ僕は冷や麦でもなんでも別にいいよ。名前ちゃんと一緒なら」
肩に置いていた手を腕に移動させてぐっと体を寄せられたかと思った瞬間、寄せられていた沖田くんの顔が「ぐぇっ!」という声と共に離れていく。
「お前ら、食う飯がねぇんだったら乗れ。奢ってやる」
振り返れば沖田くんの襟首を猫の子を掴むように捕らえて離さないとしくんがいた……。
とまぁ、そんなわけでつれてきてもらったのがここ。としくんのお姉さん夫婦が営む居酒屋さとう。
わたしは今日で二回目、平助と千鶴ちゃんはもちろん初めて。
で、驚いたのがなんととしくんのお姉さん、のぶさんと沖田くんの年の離れたお姉さんが同級生でお友だちだということ。
それで何度かお姉さん夫婦に連れられてご飯を食べに来たことがあるそうで、わたしたちの誰よりものぶさんと親しそうに会話を楽しむ沖田くん。
「総司君も随分会わないうちに大きくなったわよねぇ!背なんてもうとしよりも大きくなってるんじゃない?」
「ふん、デカけりゃいいってもんじゃねぇだろ」
「あはは、土方さん、そういうの負け犬の遠吠えって言うんですよ。」
「なんだと総司っ!」
「と…、としくん、座って?」
沖田くんが何かを言う度に大きな音を立てて立ち上がるとしくんに、わたしも椅子から立ってまぁまぁとなだめる。
その下では平助も千鶴ちゃんもものすごく迷惑そうに、それでいて巻き込まれまいと存在を消そうとしているようだった。
「ほんともう、すーぐ怒鳴るんだから。黙って座ってりゃいい男なのにねぇ」
そう言ってとしくんとわたしの前に立ってハイハイと両手をヒラヒラさせてわたしに「ねぇ」と微笑むお姉さん。
そんなしぐさに座らされたとしくんとわたしだったけど、お姉さんのねぇ、という同意を求めるしぐさについ…。
「あ、いえ、そんな、としくんはどんな時でも素敵です。」
椅子に腰かけ顔をまっすぐにお姉さんに向けて出た言葉。
一瞬みんなの動きがピタッと止まったようだったけど、わたしの顔を見て目を丸くしたお姉さんが、
「あらやだもぉ〜!そうよね、そうよね、名前ちゃんにはそうなのよね!あーもぉほんと!いいわね若いって!羨ましいわよほんとにも〜!」
「あ゛ぁもぉ!うるせぇよっ!飯ぐらい静かに食わせろっ!!」
「名前ちゃん、本気?あれが素敵とかって、ちょっとひいちゃうよ僕。」
「え?え、えぇ??」
食事時で賑わう店内の中で、
一際騒がしいカウンターの一画。
気がつけば平助と千鶴ちゃんは小皿に取り分けたお料理を持って離れたテーブル席で食べるように、ご主人の彦五郎さんに連れていかれていた。