平助の母親

□96.
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「藤堂さん…、どうしてここへ…?」




今わたしがしっかりしなくちゃ…、
とにかく早く平助と家に戻りたくて、この状況から早く脱したくて平助の肩に置く手に力が籠る。

藤堂さんの目を見て、少しだけ声が震えてしまったけれど、かろうじて届いたわたしの声に藤堂さんは「すまない」と小さく頭を下げた。



「本当は僕もこんなこと…、するべきことではないとわかっていたんだが…。今までは、この先一生、君とは会うことはないと思って生きてきたんだ。…それが、…それがたった一度、あの日君と偶然出会ってから…、君や平助と、……どうしても君たちと会いたくて…!突然こんな押し掛ける形で来てしまったのはほんとにすまないと思ってる…。」



そう言って「申し訳ない…」と深く頭を下げる藤堂さんに、誰も声をかけることもできなくて、その場になんともいたたまれない空気が流れる。
わたしが何かを言わなくちゃいけないのはわかってるんだけど、藤堂さんの気持ちもわかってしまうだけに何をどう声をかけていいのかわからない…。


言葉が見つからない…。



そんな中、わたしの横に立つ原田さんが息を吸って「だからって…!」と声を上げる。
だけどその続きはほぼ同時に口を開いた平助の言葉によって続くことはなかった。



「申し訳ないって…、なんで今なんだよ…」

「…!?」

「平助…?」



平助の呟く声は原田さんの上げた声とは比べ物にならないくらいの小さなものだったけれど、原田さんは口を閉ざし、私たちの前で頭を下げる藤堂さんは顔を上げて平助の言葉に不思議そうな顔をする。



「なんで…、って……」



平助の言葉を反芻して平助と同じ色の瞳を揺らめかせて訊ねる藤堂さんに突然スイッチが入ったかのように、今まで止まっていた刻が動き出したかのような平助はわたしの手を振りほどいて藤堂さんの目前へ進み出た。



「ずっと…、今までずっとかぁちゃんは一人でオレやじぃちゃんばぁちゃんを支えるために、ずっと一人で突っ走ってきたんだぞ!?」

「へ、平助!?」

「自分のやりたいことや欲しいもん、…それから洋服とかオシャレしたりとか…、そういうの全部犠牲にして、自分のことなんか全部後回しにしてオレらの事ばっかり優先して…、全部オレらのことかぁちゃん一人で背負ってきたんだぞっ!」



目の前で大きな声で叫ぶように言う平助は驚く藤堂さんに更に詰めよって今にも掴みかかってしまうんじゃないかという勢いで叫ぶ。



「どうして一緒にいてくれなかったんだよ!?どうしてかぁちゃん一人にしたんだよっ!?」

「平助っ!やめてっ!」

「なんでだよっ!?だってそうだろ!?何があったか知らねぇけどさ!ほんとにすまないと思うんだったらなんでかぁちゃんのことほったらかしにするんだよ!?男だったらきちんと責任とれよ!ちゃんとそばで守ってやれよ!」



驚いた。
平助がそんなことを思っていたなんて知らなかったから…
そんな風にわたしのことを見てたんだ…



「いきなり出てきてオレの父親って…、勝手なこと言ってんじゃねぇよっ!」

「っ!平助っ!」



平助の叫ぶ言葉にわたしの体は勝手に動いていた。





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