平助の母親
□95.
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「初めまして。…平助くん………だね?」
突然オレの目の前に差し出された手を焦って見ていると、思いがけないくらい穏やかで優しい声がオレの名を呼ぶ。
え…、なんでオレの名前知ってんだ?
誰だこの人……。
名前を呼ばれたことで少し冷静さが戻った頭でその人を見上げるとオレの心臓は大きく跳ね上がったみたいにドクンと音をたてて、それから呼吸の仕方も忘れちまったみたいに思わずゴクリと息を飲んだ。
初めて会ったはずなのに…。
今まで一度も見たことない人なのに…。
…オレは……、この人を知っている……?
差し出された手を握り返すこともできず、ただ、その人の顔から視線を逸らすこともできないまま固まっているとバンっと大きな音が聞こえてハッとする。
「どうした平助」
音のした方を見ると、そこには土方先生がいて、その状況にホントだったらもっと驚いているはずなのに、なんでか声にならない。
「え…、あ…、あ…」
「どうした、家に帰ったんじゃなかったのか」
「あ…、や…、それが…」
どうにも言葉にならないオレに変わって見かねたのか総司が言葉を続けるが…、
「あれぇ?土方先生、どうしたんです?こんなところで。丁度良かった。今帰ってきたら家の前をこの人たちがうろついてて…。怖くて立ち往生してたんです。土方先生、どうにかしてくださいよ」
こんなときばっかり、いつもは土方先生なんて呼ばないのに念押しするように先生先生って連呼する。
総司がなんだか丸投げするような感じでそう言って土方先生からオレの目の前にいる男たちに視線を流すと、それに合わせて土方先生も男たちに視線を向ける。
「……、あんたたち…、一体何のつもりだ?」
土方先生の鋭い視線とドスの効いた声で問い掛けられ怯む男たちだったけど、オレの目の前に立つ人だけはその穏やかな表情も、持っている雰囲気も崩すことなく土方先生の問いかけに真っ直ぐに向き合う。
「あなたは、平助の学校の先生ですか?」
土方先生の問いかけに対して更に問いかける男に頷くでもない土方先生ににっこりと微笑み男は続ける。
「初めまして。僕は平助の父親です」
いつも平助がお世話になっていますと笑顔を崩すことなく続ける目の前の男に、オレは最初にこの人の顔を見た瞬間に感じた事が間違いなんかじゃなかったと、ただ驚いて動くこともできずにいた。
「…………、」
オレの父親だと名乗った男を前に、誰もなにも言えずにいるこの状況、
あの総司でさえも目を丸くして驚いているようだ。
そんなオレたちに構うことなく男は一歩オレの前に近づいて背を屈めると優しそうな瞳を細めて、大切なものを扱うような手付きでオレの頭をそっと撫でた。
「平助…、平助…。いい子に育ったんだね…。本当に良かった…。」
そう呟く男の目を間近で見て、この人が本当に心からそう言っているのが伝わる。
まだ信じられねぇ気持ちもあるけど、この人が本当のオレの父親なんだって、オレの中の何かが覚醒するかのようになんかよくわかんねぇけど何かが響くような…、
共鳴…?
とにかく今まで生きてきた中で感じたこともないざわめきが身体中を駆け巡る。
オレの頭を撫でる優しい手が離れようとしたその時、再び車の扉がバンッと閉じられる音にハッとする。
「平助っ!」
その声に振り向けば、そこには慌てて駆け寄ってくるかぁちゃんと、同じく車の扉を閉めた左之さんの姿が視界に飛び込んできた。
かぁちゃんの声に反応したかのように離れていく優しい手。
「平助っ!」
「か…、かぁちゃん…」
勢いよく駆け寄ってきて息切れするかぁちゃんについ声が震えちまう…。
かぁちゃん…、
この人、オレの父親って…。
本当はそう言いたいのにオレは一体どうしちまったっていうんだ…。
口が…、声が…、
まともに動くことができなくなったみたいに言葉が出てこねぇ…。
ほんとにどうしちまったっていうんだよ…!
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