平助の母親

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朝、いきなりとんでもねぇ勘違いをしたかぁちゃんと土方先生が部屋に押し入ってきてマジでビビったけど、

リビングに降りてそれぞれ座って落ち着くと、もっとビビるようなことを言い出した。







「名前を俺にくれ。」






…………。









「………は?」






思わず耳に手を添えて聞き返しちまったけど、
オレの反応間違ってねぇよな。

聞き返すオレの隣、千鶴は両手を口の前でぱちんと合わせて「きゃ!」なんて言って明らかに嬉しそうにしてるけど…。





名前を俺にくれ。






って………。




「ちょ…、っと…、あの…、………え?」




真っ直ぐ俺を見て視線を逸らさねぇ土方先生にもう一度訊ねるように聞くと同じ口調で同じ台詞が再現される。




「俺に名前をくれ。」

「え……、てゆーかくれって………、」

「昨日、名前にプロポーズした」

「プロポーズっ!?」



土方先生の言葉に驚いたのはオレだけじゃない。隣に座る千鶴も驚いているみたいだけど、オレとは違う驚き方…、というか喜んでんな、千鶴…。




「え…、プ…、プロポーズって…、かぁちゃん、土方先生と結婚すんの…?」



土方先生の隣に体を小さくさせて座るかぁちゃんを見れば、かぁちゃんは顔を赤くさせて、でも、どこか不安顔だ…。



「あ…、あの、でも、…わたし……、……………。」



どう答えたらいいのか、
かぁちゃん自身答えが出せてねぇのか…。


かぁちゃん……、

……、そうだよな、かぁちゃんが言葉を詰まらせちまうの、わかるよ…。
かぁちゃんが迷うのもわかるし、もしほんとにかぁちゃんが結婚したいって思っててもそれをかぁちゃんが自分から言うなんて、よっぽどじゃない限り言わねぇよな…。

かぁちゃんはいつも自分の為にとか自分のしたいことなんていうのは後回しというか表に出さないというか…。

特に会話がねぇ訳じゃないけど、かぁちゃんとする会話はいつもオレと千鶴の事ばっかりで、かぁちゃんが自分の事を話すことなんてなかった。

自分の事よりも、いつも俺たちの事を第一に考えてくれているから……。



「でも結婚って…、いいのかよ、ガッコーの先生が生徒の母親と結婚なんてさ…、」



そんなことあり得るのかよ?と続ければ、土方先生は表情を特別変える様子もなく「別に今すぐってわけじゃねぇよ」と答えた。



「俺はこの先名前と一緒に、名前のそばにいたいと思ってる。だが、それはあくまでも俺の希望であって名前も同じように思っているとは限らねぇ。」



そう言ってチラッと横目で視線を向けられたかぁちゃんは一瞬ドキッとした表情をしたけれど口を真一文字にして少し俯く。



「昨日の話し合いで互いの気持ちを確かめて、名前も俺の気持ちに応えてはくれたが…、だが、名前は結婚して自分一人だけが幸せになるなんてできねぇっ!ってなかなか一筋縄じゃいかねぇような返事しか返してこない」



黙って聞いているオレにもう一度視線を合わせると更に言葉を続ける。
その言葉はきっと土方先生が言わなくたってオレだってずっと前から同じように思っていた、いつだったかかぁちゃんにも言ったことあるような事だったと思う。



「皆が笑っていてくれなければ、自分一人だけ幸せになんてなれない!ってな…」




………、




ほらな。
やっぱりかぁちゃんは自分の事よりオレらのことを第一に考えちまうんだ…。

予想通りの台詞に思わず笑っちまって、千鶴がキョトンと俺を覗きこんでるのがわかる。



「平助くん?」

「ハハッ…、……かぁちゃん………、オレ、前にも言ったよな?」



可笑しくって右手を額にあてながらかぁちゃんを見れば、かぁちゃんも千鶴と同じようにオレが笑っていることを不思議そうな顔で見ている。



「?」

「かぁちゃんの人生なんだからさ、オレのことなんか気にしないでかぁちゃんの好きなようにすればいいんだって。
………それに、土方先生といるときのかぁちゃんはいつも笑っててさ…、そんな風にかぁちゃんが笑ってるの、オレだって嬉しくなるしさ!
かぁちゃんが幸せならそれでいいじゃん!なっ、千鶴!?」

「っ!うんっ!私もそう思う!」



我ながらクサイ事言っちまったと思ってどさくさ紛れに千鶴に同意を求めるように話を振ると、千鶴も力強く頷いてかぁちゃんを真っ直ぐ見つめてガッツポーズをする。



「名前さんが幸せなら私たちも幸せです!」



千鶴の普段見せないような勢いに圧されて戸惑うかぁちゃんとは反対に、いつも通りフッと鼻で軽く笑う土方先生。



「ほらな。だから言っただろ?お前が笑えば世界平和だって。」

「う……」

「世界平和?」



ドヤ顔の土方先生に返す言葉のないかぁちゃんと、声を揃えて聞き返すオレと千鶴。



「名前が笑ってりゃ俺たちみんなが幸せになるって事だ。」



かぁちゃんの頭をポンポン叩いて俺たちに説明する土方先生は、イタズラするガキんちょみたいな顔で笑ってて、
頭を叩かれるかぁちゃんはポンポンされる度に首がどんどん沈んでて。

そんな二人を見てるとマジ笑えてきて、千鶴もオレの横でクスクス笑って…。
ほんと平和だなって思う。




「迷うことねぇじゃん。」




オレの一言に沈んでった頭を上げて目を丸くさせたかぁちゃんが俺を見上げる。



「オレ、いいと思うよ?かぁちゃん楽しそうだし。それに、かぁちゃんになんかあったときは土方先生が守ってやってくれるんだろ?」



そう言って土方先生の顔を見れば、土方先生も目を丸くして一瞬キョトンとしたけどすぐににやっと笑って「当然だ」ってドヤ顔してきた。



「平助もわかってはいると思うが、こいつは何でも一人で抱え込む悪い癖があるからな。俺がちゃんと見といてやらねぇとな」



かぁちゃんの頭に置いた手をもう一度ポンポンと叩いて笑う土方先生は今までに見たこともないくらいの満足顔でオレも千鶴も呆気にとられるってうゆーかなんてゆーか…。



「そういうことだ名前。平助の許可も降りたことだし、これで納得できたよな?」

「納得って…、」

「おめでとうございます名前さん!」

「よかったじゃんかぁちゃん、これで老後も安泰じゃん!」



まだなんか腑に落ちない感じのかぁちゃんだったけど、オレと千鶴の後押しで言葉を詰まらせて「あ…、う、うん…」なんて流されちまってるし。



「ま、土方先生がオレの父ちゃんとかってマジ笑えるしあり得ねぇんだけどさ、かぁちゃんのひとつやふたつくれてやっても全然構わねぇし?土方先生がかぁちゃん構ってやってればその分オレの時間も増えるわけだし?」

「な、なんでそんなことゆーのよ!?ただでさえ一緒の時間減ってるのに!」

「なんでっつぅか、いい加減子離れしろよな、かぁちゃん…」

「ひどいよー!千鶴ちゃぁ〜ん!平助がひどいことゆう〜!」

「…、あ…はは…」



机に前のめりになって千鶴に向けて手を伸ばすかぁちゃんだったけど、土方先生に襟首捕まれて引き起こされてぐぇっなんて色気のねぇ声だしてる…。
つぅかあれオレも前にやられたことあったなぁ…。



「ま、話は時期を見て進めていくっつぅ事で、お前もいつまでも平助にくっついてないで俺についてこればいーんだよ。」



喉を擦るかぁちゃんの頭をポンっとひとつ叩いてかぁちゃんの顔を覗きこむ土方先生の表情はやっぱり穏やかで、これでよかったんだと思えるくらいかぁちゃんもなんだかんだ嬉しそうだ。




でも、





「じゃーオレ、土方平助になるのか…」



なんか変だなー、なんて両手を頭の後ろに組んでイスにもたれて言えば、



「あ…、じゃぁ私も…、いつかは……土方、千鶴…?」

「っ!?どぅわぁあっ!!」

「へっ!ヘースケっ!?」

「おっ!おい!大丈夫か!?」



ってぇえー!イス倒れた!
っつぅか!
千鶴今なんつった!?





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