平助の母親

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早めにホテルを発ったはずだったが、渋滞にはまり思ったよりも到着時間が遅れてしまい、結局名前の家に着いたのは11時前。

この時間だと平助は部活か…。

肝心の平助がいねぇんじゃ急いで帰ってきた意味がねぇ…。

が、

まぁ、いねぇならいねぇで平助が帰ってくるまで名前と二人の時間を楽しめるな…。


なんて事を思いながら名前の家のガレージに車を駐車する。




「ただいまぁ…」




名前もこの時間は平助がいないとわかっているのか、取りあえず小声で帰宅の挨拶を口にしてそっと玄関を開けて俺に先に入るように一歩下がる。



「………、ただいま」



一瞬なんて言おうか言葉の選択に戸惑ったが、扉を開けて俺を見上げる名前の顔を見て言うと、キョトンと目を丸くした後、少しの間をおくと



「おかえりなさい」



とふわりと笑って、俺が心から願っていた言葉を返してくれた。

その一言が、愛する女から発せられただけでこんなにも胸の奥が温かくなるもんだとは予想外だった。
昨日からずっと同じ時間を過ごしていたのに、この一言だけで名前に対する愛しさがこみ上がってきて留まることがねぇ。

これが、例えば仕事で疲れて帰ってきた時だったら……、






ヤバイな…。

想像するだけで例えようもない感情に襲われる。
ニヤけそうな口元と力が入る頬を名前に見られないようにわざとらしく小さく咳払いをしてさっさと玄関に入り靴を脱ごうとすると…。




「あ、あれ???平助と千鶴ちゃんの靴…。」

「バスケ部…、今日は休みなのか?」

「……、さぁ…?聞いてないけど…、剣道部は?お休み…なんですか?」

「あ?あぁ、俺が代休で休み取ったからな、自主練したいやつだけ出れるようにしてあるが…」

「じゃあ、千鶴ちゃんはお休みしてここにいるって事なのね…。宿題でもしてるのかな?」



一人で納得したような口調で呟きながら玄関から上がり廊下を進んでいく名前の後について俺も家に上がる。

リビングの隅にとりあえず適当に自分の荷物を置いて、荷物の片付けを始める名前をよそにくるりと部屋全体を見回す。

ダイニングテーブルは朝食を取った形跡のないくらいきれいに片付けられている。
水切りかごには完全に乾ききった食器がきれいに並べられ、キッチンの流しにも水滴ひとつも見当たらない。



「…………、」



完璧に片付けられたキッチンをじっと見つめる俺に気付いた名前が、荷物から取り出した洗い物を持って俺の背後を通り抜ける際に俺の顔を見上げて覗きこむ。




「としくんも洗い物があったら……、って…、どうかした?」

「いや…、なんか不自然じゃねぇか…?」

「……不自然??」



俺の言葉に疑問を持ちながらも見上げた顔を俺の視線の先に向ける。



「んん〜…、きれいに片付けられていると思うけど…」



キッチンからリビングまで視線を巡らせた後、俺の顔を見上げる名前に「そうだ」と頷き再びキッチンの流しに視線を下ろす。



「朝飯を食べて片付けをする。当然食器洗いも済ませてこの状況になっているはずだが、何かが足りない。わかるか?」



問いかけるように名前を見下ろせば、俺の視線に合わせて名前も流しをじっと見つめていてう〜んと洗濯物を胸に抱え、右手を顎に添えて考え込んでいる。



「……何かが足りない………。う〜ん………何が足りないんだろ……???」



あごを擦りながら頭を傾げる名前。
くそ……、なんだよかわいいじゃねぇかちくしょう……。

口を尖らせ必死に考え込んで左右に傾げる名前の頭に手を置いてもう片方の手で流しを指差す。



「流しの中、全然濡れてねぇだろ?」

「……?、…あっ!ホントだ!」

「いくらこの気温だからといっても、
朝飯食ってからこの時間までの間でここまで乾くってこたねぇだろ。よっぽど早朝に食ったとしても。」

「た、確かにそうです。うちのシンク、そんなに水捌け良くないですし!」



俺の説明に羨望の眼差しで見上げる名前。
いや、そんなに水捌け悪いって自信ありげに言うことじゃねぇんだが…、



「……、仮に几帳面な千鶴が飛び散った水滴を拭いたとしても、だ。流しの中まできれいに拭きあげるか?」

「いえ…、流石の千鶴ちゃんでもそこまでは……」

「だろ?それに…」




そこで一度言葉を止め名前の顔を見下ろすと、名前も俺を見上げる。



「!……玄関の鍵!」



俺の目を見てハッと気付いた名前はあごを擦っていた右手をパッと開いて口元を隠す。



「そうだ。きちんと閉められていた…。つまり…」

「千鶴ちゃんは昨夜からうちにいる…」

「…………。」



黙って頷く俺を見上げる名前の瞳は一瞬大きく見開き揺れていたがすぐに目を細めて苦笑いを浮かべて洗濯物を抱え直す。



「や、でも、千鶴ちゃんがうちに泊まりに来る事なんて今に始まった事じゃないし…」




名前はそう言うが多感な時期の二人だ。いくらガキの頃からそうしていたとはいえ、大人のいない二人きりの空間で何もないとは言いきれない。
ましてやあの二人の気持ちは見ているだけで互いを思っていると一目瞭然だ。



「千鶴が泊まるときはいつもどこで寝てるんだ?」

「え!?あ、あぁ、…最近はそんなに…。わたしの父が体調を崩してからはまだ一度も…。それ以前はリビングの隣の和室で母とわたしの間で川の字になって寝てましたけど…。」



数年前の話ですけどと付け加えて和室の壁に視線を向けるが、そこには勿論誰もいない。



「だが今はそこに誰も寝ていない。つまり、平助の部屋で…」



俺の呟きに壁から俺の目に視線を向けると胸に抱えていた洗濯物をバッと俺に押し付けて一目散に二階へとかけ上がっていく。



「お!おい待て!いきなり押し入るんじゃねぇぞ!?」



ポロポロ落ちる名前の洗濯物を拾い上げながら俺も名前の後に続いて階段を上がった。






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