平助の母親
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☆★ただいま、おかえりsweet home*平助はどこいった???★☆
次の日の朝、ホテルで朝食を終えると、としくんは松平社長と近藤さまに一言交わすとまっすぐわたしの席に向かって近付いてきて「行くぞ」と短く言ってわたしの手首を掴んで立ち上がらせた。
「おいおい土方さん、うちの姫に乱暴な扱いしないでくれよな?」
わたしの正面に座ってコーヒーを飲んでいた原田さんがにやっと笑ってとしくんを見上げて言うと、一瞬原田さんにチラッと細めた視線を下ろしたけど、すぐに表情を和らげてふっと笑う。
「そうだな、大切な姫君だからな。」
としくんがそう言うと「まったく、頼むぜ?土方さん」とバチっとウィンクを決める原田さん。
うわぁ…、朝から決めるな…この人は……。
そんな事を思っているわたしをよそに、
「あぁ、任せとけ」なんてサラッと答えちゃうとしくんを二度見しているとご機嫌な近藤さまと社長から声をかけられる。
「ハハハ。頼んだぞ、トシ!」
「苗字さん、お疲れさま、ゆっくり休んでまた明後日からも頼むよ」
お二人の方を見ればにっこり笑って手を振っている。
その手前の席に座る山南部長までも…。
「苗字さん、社内メールで昨日撮った画像を送信しておきますから週明け出勤したらブログ更新、お願いしますね」
山南部長の必殺、貴公子のような微笑みプラス手を振るしぐさに一瞬石化状態に陥ってしまったけれど、わたしの手首を掴むとしくんの手にギュッと少しだけ力が入ったことでハッと我に返ってなんとか返事をすることができた…。
そんなこんなで他の皆さんより早くチェックアウトしたわたしたちは、としくんの車に乗り込み我が家へと帰路に就いた。
「……、混んでるな………」
としくんの呟く声に車の窓の外へ視線を向けると、都心部の大通りで月曜日のこの時間帯とあってかなりの交通量。
通勤時間は外れているけど企業の営業車やトラックなんかで渋滞が発生していた。
「月曜日だし、仕方ないかな…。もうちょっと進めばきっと流れもスムーズになるはずだし…」
周りを見回しながら言えばぽんっと頭の上に手をおかれ、ハッととしくんの顔を振り返り見上げれば、ふっと優しく目を細めて、
「お前となら渋滞も苦じゃねぇな」
なんて言われてポンポンとされる。
あ…、あれ???
なんでかな?さっきの原田さんとのやり取りといい、今の台詞といい…、
なんでしょう。いつものとしくんと違う…。
う〜ん、なんだろう…、なんかこう、余裕?みたいなオーラが滲み出てるような……。
「としくん、……なんか、楽しい…の?」
「あ?あぁ、楽しい…かもな」
「渋滞なのに?」
「まぁな」
「……ふぅん」
渋滞でなかなか動かない前のトラックを見ながら返事をするとしくんの横顔をこっそり見上げていると、やっぱりいつものとしくんと違う。
普通のとしくんだったら絶対イライラモードで煙草に手が延びてもおかしくない状況のはずなのに…。
わたしの不審に思う視線に気が付いたのか前方に向けていた顔をこちらに向けると「ん?どうした?」と首をかしげる。
思わずビクッとして肩を竦めてしまうけれど、勇気を出して聞いてみる。
「いやね、なんかね、いつもと違うなぁ〜…、ってね…」
両方の人指し指をツンツンしながら言えば、ふっと声に出して笑って、
「これからおまえが本当に俺のものになるんだから…、テンション上がっちまっても仕方ねぇだろ」
そう言うととしくんはニっと左右両方の口端を引き伸ばして笑った。
えっ!?この人ほんとにとしくんなの!?
その笑顔はまるで平助がにかっと、ニシシとイタズラっぽく笑うときと同じ顔で、本気の本気でこの人誰だ!?と思えるほどとしくんらしくない笑顔だった。
だけど、そんなとしくんもきっと幼い頃はこうやって笑っていたんだと思うと、なんだか子供の頃のとしくん…、
ガキ大将のとしくんに会えたような気がして嬉しくなる。
「ふふふ、としくん…、発言も顔もガキ大将になってるよ?」
つい笑って言えば、としくんもにやっと笑って
「おっと…、ついつい昔の俺が顔出しちまったな。」
なんて笑った口元を窓に肘をついた右手で覆い隠す。
だけど目元は下がったままで、としくんの嬉しそうな感情は隠しきることができてない。
「としくん、目がヤバイよ?
デレてるよ?」
「ふっ、うるせぇな」
「ふふ!写メっちゃお!」
「なっ!?バカやろ!駄目に決まってんだろぉがっ!」
「やー!なんでよ!折角かわいいのに!」
二人でやいのやいのしていたらいつの間にか前方のトラックは進み出していて、後ろに着いていた営業車にクラクションを鳴らされる。
「ほらとしくん、ちゃんと運転してなきゃダメじゃない!」
「わ、わりぃ!」
ふふ!いつもなら「うるせぇ」って返ってくるとこなのに…。
なんだか焦ってるとしくん、かわいくてもっとイジリたくなっちゃうな!
………、なんか平助にするのと同じ気分みたい。
笑いながらとしくんの横顔を見上げれば、チラッと横目でわたしを見下ろし、
「何見てんだよ」
とばつの悪そうな顔で運転するとしくん。
「ふふ、ううん?なんでもない」
わたしも前方へと顔を向けてシートに背中をすっぽり預けると、車はスムーズに流れ始めた大通りを通り抜け、わたしの家のある町へと向かって走り出した。