平助の母親

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柔らかいベッドの上に組敷かれ、わたしの身体に覆い被さるのはとしくんと真っ白なシーツ。

シーツで作られた空間のなかで囁かれるとしくんからのプロポーズ。



「名前…、返事を、聞かせてくれ」




わたしの顔の右側に肘をついて、もう片方の手でわたしの左の頬を優しく大きな掌が包み込む。

たった数センチ先で、切なく細められる瞳に写るのはわたしの動揺に揺れる瞳。



「……、け…、結婚って…、本気…?」

「本気だ」

「そんな…、結婚ってそんな簡単な事じゃないよ?」



二人だけの感情だけでできるものじゃないってわかってるから…。

わかっているから気持ちだけで答えることなんてできない。



「簡単な事じゃねぇって事くらい俺だってわかってる!」



わたしの煮え切らない否定的な返答にいつも冷静なとしくんが感情を露にして、
眉間にシワを寄せた、…だけどいつもと違い、とても悲しそうな表情でわたしの瞳から視線を逸らす。



「……、としくんは…、簡単な事じゃないって、わかってるって言うけど…」



そんな悲しげな表情のとしくんを見るのはわたしだってすごく辛い。
だけど、としくんが本気で結婚を考えているのなら、わたしもその辛さから逃げちゃいけない。

私から逸らされた視線を、その表情をまっすぐに見つめて言葉を続ける。



「さっきとしくんは結婚は俺の家族がする訳じゃないって言ったけど、わたしはそうじゃないって思うよ」



わたしの言葉にとしくんは逸らした視線を戻し、怪訝な瞳でじっとわたしを見つめかえす。



「本人同士がどれだけ好きでいても、ご家族に認めてもらえなきゃ、………、」



結婚を本気で考えているとしくんに、わたしもまっすぐに向き合わなきゃって思いはいっぱいなのに、どうしてもその先の言葉が喉につっかえて出てこない…。



「…………、」

「…………」



お互い黙ったままで、としくんに見つめられて、やっぱりわたしは視線を逸らしてしまう………。






「……、俺の家はあの男みてぇにいい家柄じゃねぇ。」




わたしが視線を逸らせた事で、次に続く言葉はないとわかったのか、
としくんは小さくため息をついて頬に添えた手をゆっくりと動かして優しく撫でてくれる。



「それに…、そん時のお前らの年齢と今の俺たちの年齢は全然違う。いちいち俺たちのする事で口出しするようなヤツなんかいねぇよ。」

「……、でも………、」

「前に居酒屋、連れてっただろ?あんとき姉貴に色々聞かれて…。その後も何度か電話やらメールで『次いつ連れてくるんだ』とかうるさくてよ…。姉貴も彦五郎さんも随分お前のこと気に入っちまって…、一度しか連れてってねぇのにな」



言われてそういえばゴールデンウィークの前に先生とレンタルショップでバッタリ会った時、そのまま食事に連れてってもらったことを思い出す。

小さな居酒屋だけど、とてもいい雰囲気で…。
元気なおかみさんと優しい御主人。
としくんのお姉さん夫婦。



「電話とかで根掘り葉掘り聞かれちまって…、その、おまえには悪いと思ったんだが………、」

「…………?」



気まずそうな、申し訳ないといったような顔でチラリとわたしを見るとしくんがなんだか可愛い。



「事後報告みてぇになっちまって悪いんだが…、その…、あの人たちにはもう言ってある…。」

「……?」

「その…、おまえと結婚するって…」

「………」

「………。」

「…っ、えぇぇええ!?」



驚きのあまり、つい大きな声を出してしまうと、至近距離にいたとしくんは両目を瞑って顔を顰めた後、苦笑いを浮かべて「わりぃな」と呟いた。



「っつぅ訳で、こっちの方はいつでも受け入れ体制万全だ。なんも心配することなんてねぇよ」



にっこりとドヤ顔で微笑まれ、頭をポンポンと撫でられる。



「えやでもわたしには平助が…、」

「そうだ、問題はそこだ」

「そうだよ!子連れ女なんて絶対いやがられるよ!」

「いや、そうじゃねぇ、それも既に了承済みだ。」

「へ……?」

「お前みたいな女に中二のガキがいるなんてって驚いてたがな」

「………」

「まぁ、姉貴んところは欲しくてもできねぇみたいだから子連れ大歓迎って言ってたぜ?平助の年齢が歓迎されるほどのもんかどうかは別として…」

「………、」

「問題は平助なんだよ……」

「……?」

そう呟くとわたしの額にとしくんの額が降りてきてコツンと乗せられる。

「……平助が俺を父親として認めてくれるか……、それが問題なんだ……」



ちょっとでも動けば唇が触れてしまいそうな距離で目を伏せて自信のない小さな声で呟くとしくん。

いつも冷静で自信満々で俺様なとしくんが、今にも消えてしまいそうなほどの声で、
その声もなんだか震えてるみたいで、思わず抱き締めてしまう。



「………、名前…」

「平助なら…、大丈夫です」

「……?」

「はじめから父親がいなかった子だから…。無理に父親として接する方が…、なんかおかしいんじゃないかな…」



平助と並んで歩いた学校からの帰り道を思い出す。
あの時平助も、わたしととしくんの結婚について気にしてた。

平助は…、
平助の本当の気持ちはどうなんだろう…

としくんが父親に…、なんてありえない!
なんて言ってたけれど…、



「平助は…わたしが笑っていられるなら反対はしないって言ってたけど…、」

「…………」

「でも、わたしはやっぱり自分だけじゃなくて皆が笑っていてくれなきゃ…、自分一人だけ幸せになんてなれない…!」



まっすぐにとしくんの瞳をみてそう言うと、としくんは一瞬目を丸くしたけれどすぐに目を細めてふっと笑った。
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