平助の母親
□86.
3ページ/3ページ
「どぉもっ」
部屋の扉を開ければそこにいたのは名前ではなく原田だった。
予想外の来客に思わず反射的にドアノブにかけた手を引いて扉を閉める。
「ととっ…!そりゃないぜ土方さん!」
俺が扉を閉めきるより早く原田の足が扉の隙間に滑り込んだ。
「……………。」
だが、俺は一向に構うことなく扉を閉める力を弛めない。
「イデデデ…、ちょ…、マジで勘弁してくれよ…」
軽く苦笑いを含んで言いながらぐいっと扉を勢いよく引かれこじ開けられる。
「………、なんだ」
じろりと原田を睨み上げて言えば「おーこわい」とふざけた調子で部屋に入り込み後ろ手に扉を閉める原田。
「そんなこわい顔すんなって。いい男がだいなしだぜ?」
「…………。」
「だからこわいって」
笑いながら俺の肩に手をおいて方向転換させるとそのまま部屋まで背中を押される。
「ちょっと土方さんと語り合おうかと思ってよ」
何の断りもなくドレッサーのイスに跨がり椅子の背に肘をついて頬杖をするとバチっと俺にウインクを飛ばす。
「チッ…、俺はお前と語り合う事なんざねぇよ」
煙草を咥えて原田から顔を背け火を点け吐き捨てるように言うと「そう言うなって…」とまた苦笑いに呆れを混ぜたように軽く笑う。
「苗字の事だけどよ、……、あんた本気か?」
「…………」
勝手に部屋に入り込んで来ただけでも不愉快なのに何故俺がこいつ相手に名前に対する想いを語らなきゃなんねぇんだ。
「………」
答える義理もへったくれもねぇ。
原田の問いに見向きもしないままソファーに背を預けて煙草を吹かしていると軽いため息をつく原田。
「まぁ、な。土方さんと俺、男二人で語り合うってのもおかしな話だわな。」
小さくわりぃな、と笑いながら呟いてボリボリと後ろ頭を掻く。
だが、その手を下ろすと打って変わって真顔になり声を低めて話し出した。
「でもよ、さっきのアレはねぇんじゃねぇか?」
「………?」
その責めるような口調に視線を向けるとじっとこちらを見据える鋭い琥珀の双眼。
「相手の男が誰だか知らねぇけどさ、一番動揺してるのは苗字なんじゃねぇの?」
「…………、」
「なに話してたか知らねぇけど明らかに修羅場だったじゃねぇか。あんなとこで抱き締められるなんてさ。」
「それでも苗字は気丈に振る舞ってやり遂げたってのにょ…。あんたは…」
「…………、」
そうだ。
俺は何があっても強くいられる名前を見ていたくなくてその場から立ち去った。
あの感情は一体なんだ…。
何を苛ついてたんだ…。
そういう時こそ名前の一番近くで支えになってやらなきゃなんねぇんじゃねぇのか…?
今までの名前を見てりゃわかりそうなもんだってのに…。
「苗字はさ…、あぁ見えて以外と一人で抱え込むとこあんだよな。ま、その辺は土方さんのがわかってると思うんだけどな。キャンプの時もそうだったけどさ…、あいつを本気で笑顔にさせられるのは、土方さん、あんたにしかできねぇ事なんじゃねぇのか?」
「…………。」
原田の言葉に何も言い返す言葉が見つからねぇ。
あいつが今まで一人で色々と抱え込んで重たいモノをその小さな背中に背負って来たって…、わかっていたハズなのに…。
どんだけ辛くても表に出さずに笑顔貼り付けて愛想振りまいて…。
そんなあいつの悪い癖を知っていながら、俺はなんで肝心なときにあいつの側を離れちまったんだ…。
「苗字はうちの大事な姫君だからな、いつも笑っててほしいんだよ。表面上だけじゃなくてさ。」
気が付けばソファーから背を離して膝の上に組んだ両手に額をのせる俺の背後に立っていた原田は俺の肩に手をおいて、さっきの責めるような口調からいつもの軽い口調に戻りため息混じりに言葉を吐く。
「悔しいがあんた以外に苗字を安心して任せられるヤツはいねぇと思ってんだが…、あんたが無理ってんならしょうがねぇから俺がなんとかしてやるしかねぇよな。」
そう言うと原田は俺の肩から手を離し踵を返し部屋から出ていこうとゆっくり歩き出す。
顔を上げてその背中を見上げれば、ニヤリと笑みを湛えて肩越しに振り向き俺を挑発するように目をほそめ見下ろし自信に満ちた声で言う。
「今は苗字もあんたにしか見せない顔も、時間かけりゃぁ俺にも見せてくれるかもしんねぇしな」
「弱ってる女を落とすのは俺の得意分野だからな」と片手をあげてドアノブに手をかける原田に、ソファーから立ち上がり声をかける。
「バカやろ、てめぇなんざに名前が安心して笑うか。余計な世話焼いてんじゃねぇよ。」
俺の捨て台詞にふっと笑った原田は、少しだけ開けた扉のドアノブから俺に視線を向けると
「ま、それもそうだな。土方さんがわかってくれてりゃそれでいいんだよ」
と眉を下げて笑う。
「だが…、次におんなじ事しやがったら…」
「もうしねぇよ」
原田に歩み寄りながら言葉尻に被せて宣言する。
「名前は俺のもんだ。誰にも渡さねぇ。」
そう言うと原田は満足げに笑みを浮かべ、ふと扉の隙間に何かの気配を感じたのかチラリと視線を向ける。
「んじゃ、その言葉を信じて俺は退散するよ。マジで頼むぜ土方さん!」
扉を開けヒラヒラと手を振りながら開け放った扉の向こうに姿を消す。
………、あいつ………、
開けっぱなしで行くやつがあるか…。
ため息を付きながら誰もいなくなった部屋の出入り口まで行き扉を閉めようと手を伸ばすと部屋のすぐ外に驚いた顔で俺を見上げる名前の顔。
「あ……、と、とし…くん…」
驚き固まる名前と、予想外の登場に名前同様に固まる俺。
手をかけた扉の向こう側からふっと笑う原田の声と共にパタンと扉が閉まる音が聞こえるまで、
俺たち二人は見つめあったまま時が止まるのを感じていた。
Next→87.としくんのプロポーズ