平助の母親
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☆★授賞式直前の気持ち★☆
「いいですね!?十五分で身支度を済ませてエレベーターホールで集合ですからね!?くれぐれも遅れないようにお願いしますよ!」
それぞれ1人一部屋ずつ用意してもらった部屋へ案内をすると最後に明らかにわたしに向けて発せられる山南部長の厳しい口調。
「ぅあ…っ、はいっ!!」
焦って返事をして、慌てて部屋の中へと飛び込む。
と…、とにかく早く着替えなくっちゃ!
大急ぎでキャリーバッグを開けて中からドレスの入った箱を取り出す。
身支度…、十五分…、
山南部長の念押しの声が頭の中を支配してリフレインする。
箱から出したドレスをベッドの上にふわりと置いて、着ているスーツのジャケットを脱いでハッと気付く。
……、あれ…ってゆーか…、授賞式はスーツのままでって話だったよね……。
…………。
ううぅ…。
わたし、どんだけテンパってるんだろう…。
まずは授賞式。それから懇親パーティー…。
はうぅ…、緊張する…。
脱いだジャケットにもう一度袖を通してボタンをはめる。
胸の前の袷を掴んでしゅっと背筋を伸ばして胸を張る。
「…、よっし!」
深呼吸して気合いを入れるように両頬をぱしっと叩いて、そのまま両手で包む。
はぁ、ほんとに緊張するな…。
舞台に上がって人前で何かするなんて、きっと小学生の時の学芸会以来なんじゃ……。
あ、中学校の合唱コンクールが最後か。
って…、そんなこと思い出してる場合じゃないよね…。
この歳になって発表って…。
はぁぁ………
ふと視線を向けると大きなドレッサーに写る自分と目が合う。
う。スゴい顔。
ガッチガチに緊張してて変な顔が写ってる。
リラックスリラックス…。
よし、笑おう!
緊張を解きほぐす為に顔全体の筋肉を使ってこれでもかと口角をあげて無理矢理にっこりスマイルを作る。
「…………、何やってんだおまえ?」
「!!!」
いきなり真横から声をかけられて心臓が止まるんじゃないかってくらい驚く。
「とっ…とと…!としくん!!なんでっ!?」
「いやなんでって…、おまえ山南さんに念押しされてたし、遅れたらまた睨まれちまうんじゃねぇかと思って様子見に来てみたら…、扉にこれ、挟まってちゃんと閉まってなかったぞ」
そう言ってとしくんが差し出した手には定期入れのチェーンの付け根に付けてたお守り……。
「っ!」
慌てて部屋に入ったときに定期入れが鞄のポケットから出てしまったのか、閉まる扉に挟まったみたいでお守りの紐の部分がちぎれて袋の部分だけが差し出される。
「…………、」
としくんから手渡された小さな巾着型の御守りは、触っただけで中に入れていたものが変形してしまっている事が分かる。
受け取ったまま呆然とするわたしにとしくんが呟く。
「ちぎれちまったな…。」
「…………、」
「それ…、手作り…だろ?」
としくんの言葉にハッとして顔を上げると心配そうにわたしを見つめてくれているとしくんの瞳。
「………あ、…はい………。平助が産まれる少し前に…、……母が作ってくれたんです。……安産祈願……みたいな感じで」
そう言って笑ってみせたけど……。
「……中身、壊れちまったみてぇだな…」
としくんにはわたしの作り笑いが痛々しく見えたみたいで優しく頭にポンポンと触れてくれる。
「!?」
「わりぃ…。拾い上げた時に中身が落っこっちまって…。指輪……」
「…………。」
そう……、それはわたしの妊娠がわかった時に………。
彼が……、
藤堂さんが作ってくれた指輪…。