平助の母親
□82.
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☆★授賞式、ホテルのエントランスで…。まさかのKZM氏登場!★☆
ここは都内のとあるホテルのエントランス。
日曜日の賑わう夕方のショールームから、一足早く荷物をまとめて原田さんと一緒に退社して着いたのが今から約30分前のこと。
エントランスに飾られたオブジェの中央に、吹き抜けの天井からどういう仕組みで流れてきているのか、ガラスの板を伝って流れる水をじっと見上げるわたし。
そんなわたしの目の前に差し出されるのはエントランスの奥にあるカウンターから持ってこられたウェルカムドリンク。
「ほらよ。サービスだってさ。」
そう言ってわたしの目の前に差し出したグラスをテーブルに置いてわたしの正面に腰かけて原田さんもオブジェを見上げる。
「ちぃっと早く着きすぎちまったな」
「そうですね…。でもギリギリよりは、全然、いいですよ…」
流れてくる水が溜まった水面にチャプチャプ静かに心地いい音をたてている。
「……緊張してるだろ」
ニヤリと笑ってグラスを持った手の人差し指をピッと立ててわたしに向ける原田さんはなんて余裕綽々なんだろう。
この後どんなお偉いさんが集まるかもわからない未知の世界で表舞台に立たなきゃならないとか…、
こんなあり得ない状況で、これで緊張しないでいられる人間がどこにいるってゆーんだろう!?
「き…、しますよ普通…」
「ははっ、言葉にもならねぇか」
「もぉ!なんで原田さんはいつもそう余裕たっぷりでいられるんですか!」
なんだか緊張しすぎて気が張ってるのかキレキャラになってる…。
あぁもぅ、こういうとこ子供っぽいなぁ…。
頭の中では反省点が出てくるのに、その反省を生かすことができない不器用なわたし…。情けないなぁ。
グイッとグラスを傾けてドリンクを流し込めば、ははっと笑っていた原田さんの視線がわたしの頭上を通り越してエントランスの入口の方へ向けられる。
その視線を見て一瞬社長御一行の到着かと思ったけれど、原田さんの目がいつもの柔らかいものじゃない、まるで敵を見据えるような鋭さを湛えていて、思わずパッと振り向いて原田さんの視線の先を辿る。
「ふっ、今年もここで貴様に会うとはな…」
原田さんの視線の先に見えた人物は、真っ直ぐに原田さんを見据えて静かな声で呟きながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。
その声は静かだけど、まるで地を這うような…、
ううん…。それだけじゃない。
地を這うようなその声は地響きを起こしているんじゃないかと錯覚してしまうような低くて、
聞いた相手を萎縮させてしまうくらいの圧力と迫力の声。
としくんの凄んだときの声も迫力があって、その声を向けられたら誰だって竦み上がってしまうけれど、
この人のはとしくんのとは違う…、
威圧感は声だけじゃなく、この人の存在そのものが、
纏う空気が他の物を無言で降伏させてしまうようなオーラを発しているようだった。
「…風間………」
わたしたちの座る席までゆっくりとした歩調で寄ってくるその姿はまさに威風堂々。
原田さんが呟いた風間という名の男性の後ろについてくる男性が大きな声で原田さんに声をかけた。
「よぉ原田!今年も呼ばれたか」
軽く手をあげてまるで親友に会ったときに交わすような台詞だけど、その顔つきはなんだか原田さんを見下しているようで見ていてあまりいい気分じゃない。
「不知火…」
「毎年毎年飽きもせずにメーカーもよくやるよな、金かけて。ま、こんなことでもなきゃこんなホテルに泊まるなんてこともねぇお前らにはありがたい話ってもんか。せいぜい楽しんでいけよ?」
陽気に、一方的に話す彼に一切視線を合わせようともしない原田さんから視線を移してチラッとわたしに向けられる視線にドキッとする。
「おっ!………へぇ〜。」
わたしの顔を見ると何かを思い付いたように突然ニヤニヤとした笑みを浮かべて顎の下を擦るしぐさはまるで獲物を見つけて舌舐めずりをする卑しい野良猫みたい。
そんな視線から逃げたくなって視線をエントランスのオブジェに向けるとスッと伸びてきた手がわたしのあごを掴んでグッと振り向かされる。
「っ…!?、やっ…」
「ほぉ…、これが不知火が毎日騒いでいるというブログの女か」
「っ!風間!!」
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がってわたしのあごを掴む風間さんの腕を原田さんが掴む。
「おいおい風間、いきなり気安く手ぇ出してんじゃねぇよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらわたしに顔を近づけて風間さんの手を払ってくれたけど、向けられる視線のせいでちっとも助けてもらった感情が沸いてこない…。
「あんたが噂の苗字サン、だろ?毎日ブログ見てるぜ?スタッフ写真で見るより全然イケてんじゃねぇか!」
ニヤニヤにやつく顔が間近にあって怖い。
顔を思いっきり逸らしてオブジェの方へ向けると「ヒュウ」と口笛が聞こえて
「いいね!この首のライン!」
そう言ってわたしの首筋に吹きかけられる吐息。
「ぃ!?やだっ!」
首筋をおさえて立ち上がり振り向けばそこには不知火さんのスーツの首根っこを掴んで私から引き離してくれる男性が…。
「不知火が大変な無礼を働き申し訳ありません。」
折り目正しく頭を下げた男性の顔を見たらこれまたビックリしてしまう。
凄く厳ついのにその顔、体格からは想像つかないような丁寧な所作のせいでよけい迫力が増している。
「あ…、な、何なんですか…、一体…」
息を吹きかけられた首筋がまだ気持ち悪くておさえたまま訊ねれば、フッと小馬鹿にしたような含みのある笑い声を漏らす風間さん。
「フッ…、俺たちのことを知らぬとは…。やはり小市民の集団で群れをなす組織というものは…。世間知らずというかなんというか…。」
完全に人を見下して馬鹿にする物言いに大人げなくもカチンとしてしまう。
そんなわたしの感情を読み取った原田さんは落ち着いた小さな声でわたしの名前を呼んで小さく首を振る。
相手にするな
無言でそう言う原田さんはきっと以前にもこうして絡まれたことがあるんだと思う。
だから最初からこの人たちとは言葉も、
視線すらも交わそうとしなかったんだ。
相手にしてしつこく絡まれ続けるより嵐が過ぎ去るまでじっと待つ方がよっぽど早く
平常を取り戻せるってわかってるんだ。
首を振った原田さんの視線に頷いて風間さんたちの存在をシャットアウトする。
「フッ!まぁいい。貴様ら小市民ごときがこの俺様に口答えなどできるはずもなかろう。取るに足らん相手だ。貴様たちごときに付き合っているような時間ほど惜しいものはない。行くぞ。」
勝手に近づいてきて勝手に絡んできたくせに風間さんはわたしたちがもう何を言っても返事をしないと悟ったのか、踵を返して、他の二人を従えて客室へと続くエレベーターホールへと姿を消していった。