僕のおねえさん
□33.
1ページ/2ページ
☆★この気持ちをなんという?★☆
「新八…、お前ヤケにおとなしいじゃねぇか…。」
職員会議も終わり、週末ということもあり、他の職員もさっさと帰宅したり、部活動の様子を見に行ったりと職員室を出て行く中、何故かずっと静かに座ったままの新八に声をかけてみるが、やはりいつもと様子が違う。
「なんだ?変なもんでも拾い食いして腹でも壊したか?」
「……土方さん、いくらなんでも…、一応人間なんだから、犬じゃあるまいし…。それに、そんじょそこらのもん食ったってこいつぁ滅多に腹壊したりなんかしねぇよ」
机に伏して顎を乗せ、屈めたデカイ図体を抱え込むように椅子にだらしなく座ったまま動こうともしない新八に具合でも悪いのかと声をかければ、原田が何ともひでぇ言いようで否定する。
「なら、また競馬でスって月初めだってのにもうやりくりできネェほど金欠状態とか、」
「そりゃ万年その状態だ…。今更そんな事でいちいち落ち込んだりしねぇよ」
「………、んじゃぁコイツどーしたってんだよ…、陰気臭ぇ。」
大学時代からの親友である新八の事は何でも知っているという原田。
いつも大袈裟なほど喧しい新八がここまでおとなしく、存在を消そうとするほど身を小さく抱え込んでいようが大して心配する様子もなく、帰りの準備を進めている。
「まぁ…、その状態はアレだ。飲み屋のネェちゃんに連絡つかねぇとかフられたとか、そんなとこだな」
首を伸ばして俺の机越しから、平たく伏せた新八の緑色の背中を一瞥して鼻で笑いながら言うと、その言葉に反応してピクッと新八の肩が小さく跳ねた。
「ふん、そんなことか…」
その反応に呆れて俺も机周りを片付け始めると、
「そんなことってよ!?てか全然違うしよっ!飲み屋のネェちゃんじゃねぇしっ!フられてねぇっつーのっ!!」
突如勢いよく身を起こし振り返る新八。
「ったく…、今度はなんだよ喧しい。そのまま静かに沈んどけ。」
「あぁっ!?ひでぇよ土方さん!後輩がこんなに凹んでるってのにそりゃねぇぜ!」
「凹んでるやつがそんな大声出すんじゃねぇ!」
「つーか二人とも声がでけえんだよ…」
俺の耳元でぎゃんぎゃん喚きやがって喧しい!
でけぇ声を出すヤツについ俺も同じように応えてしまい原田に新八と同類扱いされちまったじゃねぇか…。
「んで?飲み屋のネェちゃんじゃねぇ、金でもねぇ…、お前の悩むようなことっつったらあとは…、あぁ、食いもんか。」
原田が指折りながら新八の考えそうなことを呟き、最終的に食いもんに辿り着く。最終的にと言っても上がった項目はたったの三つしかねぇ…。いや、厳密にいえば四つか。酒・女・金・食いもん。
他に考えることネェのかよ…。
「でも食いもんって…、そうか。名前のお手製ランチがもしかしたら近いうちに食い納めになるかもしれねぇって泣いてんだな。しかも食い納めっつっても今日初めて食ったばかりなのに」
プッと笑いを吹き出しなが小馬鹿にしたような原田。
結局新八の考えそうなことは原田が一番良くわかっていて、その内容を聞けばなんだそんな事かとやはり大した事じゃねぇとバカバカしくなる。
「…はぁ、だからその件はさっきも言った通り、近藤さんの案をしばらく通してみて様子を見るっつっただろうが。カフェとの契約がなくなるかどうかはそれ次第だ。」
帰り支度の済んだ机にキッチリ椅子を収めて立ち上がると、「そうじゃねぇよ…」と再びショボくれた声で新八が呟く。
「そうじゃねぇんだよ…。お前ら見なかったのか?名前ちゃん、泣いてたんだ…。俺ぁソレが心配で…。」
俯いて新八自身がないてんじゃねぇかと思うほど震える声でそう言ったかと思うと、「しかもそれだけじゃねぇっ!」と、突如顔を上げ更にはまたもや大声で喚き散らした。
「何が原因で泣いてんのかはわかんねぇけどよっ!泣いてる名前ちゃんをあの島田のおっさんがよしよしよしよし慰めてんだよ!ポンポンポンポン頭と背中を撫でて!何だよ!あの二人付き合ってんのか!?まさかデキてんのか!?」
そんなのねぇよぉ〜〜〜!!!
と立ち上がり両手で頭を抱え込むように天井に向かって遠吠えのように喚く新八。まさに負け犬の遠吠えのようだ。
「………。」
「………。」
そうは思っても実際俺もあの光景に声も出ず、目を離せなかったのは事実だ。
何故そんな光景を見ただけでそんな風に見入ってしまったのかはわからない。別に女が泣こうが、誰といようが俺には全く関係のない事なのに、
その時は、何故か動けなかった…。
隣にいた総司の影響かもしれない、とも思ったが、そんなことでつられて同じように身動きも取れなくなるほどショックを感じる事なんて…。
…………、
ショック…?
俺は、
ショックを感じていた?
何故?
わからねぇ。
自分自身の思考なのに、なんなんだ。
訳がわからねぇ。
そんな説明もつかない己の思考に言葉も出せずにいると、同じように黙っていた原田が「あの二人…、そういや初めて会った時も、名前のこと抱きかかえて落ち着かせてたしな…。」と呟き、それに対して「そうだろっ!?あん時、めっちゃくちゃ怯えて声も出せなかった名前ちゃんが、あのおっさんの声聞いた途端に安心しきったように島田のおっさんの胸に飛び込んでったじゃねぇか!ありゃ一体どういうことだってんだよ〜〜〜!!!」と頭を掻きむしり全身で負け犬っぷりを発揮する。
二人が初めて総司の姉に会った時のことは知らねぇが、新八のその時を思い返す言葉を聞いて、黙り込む原田。
「名前ちゃん、あぁいうのがタイプなのかよ…」
全身全霊で喚き散らし、がっくしと項垂れる新八に、「ただの仕事仲間だろ?」と声をかける原田の声が何処となく気の抜けた炭酸飲料のような力ないものに感じて、チラッと視線を向けてはみたが、
正直俺にはどうだっていいことだと意味もなくため息をついて荷物を手にした。