僕のおねえさん
□18.
1ページ/2ページ
☆★総司 VS 土方 -牽制-★☆
名前ちゃんと土方さんの様子が普通じゃないことくらい、あの場に居合わせた人間なら誰だって気付くでしょ。
まぁ、『どうしたんだ?』って思う程度で気にも留めない人が大半だろうと思うけど。
だけど、僕はたった一人の弟だからさ。
名前ちゃんの様子がおかしければ、その原因を突き止めて解決してあげたいと思うし、名前ちゃんが悲しい顔をして思い詰めることがないうように気を紛らわせてあげたいと思う。
何が原因なのか、
土方さんと何があったんだろう…。
傷の手当てをしてもらって、家まで送ってもらったその間に、
お互いがあんな風に再会を驚くような事柄って…。
廊下を歩いている間、そんなことを考えながら歩いていると、僕の少し後ろを歩く名前ちゃんが小さく声をかけてきた。
「ねぇ総ちゃん」
「ん?」
「私、まだ皆さんのこときちんと紹介してもらってないんだけど、このまま戻って普通に座ってればいいの?それとも私から自己紹介して声かけた方がいいのかな…?」
道場に入る手前で足を止める。
「皆さんって…、でもさっきツネさんがみんなに紹介してたからもういいと思うよ?それにあのメンバーのことならさっき僕が説明したじゃない。だいたいわかったでしょ?」
「う、うん…、」
振り向いて名前ちゃんを見下ろせば、口元に手をあてて俯き加減な名前ちゃん。
「大丈夫だよ。どうせ僕たちが席を外してる間にツネさんが土方さんにも紹介してるだろうし。気になるなら『あの時はお世話になりました』くらい言っとけばいいんじゃない?」
軽くアドバイスのつもりで言うと、バッと勢いよく顔を上げた名前ちゃん。
その表情は『ナイス考えだね!』って感心してくれてるようなものじゃなくて、まるで『そんなことできっこないよ!』と不安でいっぱいの、今にも泣き出しそうな表情だった。
「?……、名前ちゃん…?」
「そ、それは…、ちょっと…、」
「?」
「たぶん…、あの人もあの時のこと、きっと思い出したくないんじゃないかと思って…、」
「???なんで?」
「………それは…、その…」
「?」
歯切れの悪い名前ちゃんの様子に、やっぱり何かあったのは間違いないと確信する。
持っていたグラスの水滴がぽたっと足元に落ちた。
あの日のことを思い出したくないと言ったのは、きっと名前ちゃん自身がそう思っているんだと思う。
土方さん、一体名前ちゃんに何をしたっていうのさ!
はっきりさせなきゃ僕の気が収まらなくなってきたよ…。
「名前ちゃん、土方さんには僕が紹介してあげるから、前に会った時のことは一回忘れよう?」
そう言って名前ちゃんの顔を覗き込めば、少しだけホッとして肩から力が抜けたみたい。
「だけど…、その代わり何があったかきちんと聞かせて。」
「え…、?」
「あの日のこと、土方さんの事、思い出したくない理由。」
目を丸く見開いて僕を見上げる名前ちゃん。
グラスの水滴は尚も滴り続ける。
「早く言って。廊下がびしょ濡れになっちゃう」
少しだけトゲを持たせたような口調で言えば、ごくっと伸ばした喉が動いたのが見えた。
「……、たぶん…、たぶんなんだけど…。傷口の血を拭いてもらってる時にね、動きが止まったの。」
僕から視線を逸らして、グラスから滴り落ちる水滴を見つめながら話し出した名前ちゃん。
「どうしたのかと思って、あの人の顔を見たら…、その…、」
「………。」
「きっと見えちゃったんだと思う。……私の傷。あの人、気まずそうにしてたから…」
俯いたままの名前ちゃんは水滴でシミを作る廊下を見つめたままで、どんな表情で言ってるのか僕からはまるで見えない。
だけど、名前ちゃんの声が微かに震えてることで、名前ちゃんの傷に対するコンプレックスだとか、どうしてそんなところを土方さんなんかに触れさせたのかとか、そんな傷見たくらいで固まっちゃう土方さんの事とか…、
………、
あんな風にずっと消えない傷をつけてしまった幼かったあの頃の僕が…。
いろんなこと総てが頭にきて僕は一瞬にして頭に血が上ってしまったみたい。
「…わかったよ。話してくれてありがとう…。」
「総ちゃん…?」
低く呟いた僕の声に名前ちゃんが顔をあげる。
今の僕の顔は名前ちゃんには見せられない。
さっと身を翻して道場へと足を踏み入れて名前ちゃんに背を向ける。
「土方さんには初対面を装ってればいいよ。その方がお互いが気にせずにいられるだろうし。何か言われても『何のこと?』って人違いですって言っておきなよ」
背を向けたまま歩き出す僕に、少し遅れてついてくる名前ちゃん。
元はと言えば傷をつけてしまった僕に原因があるのはわかってる。
一番悪いのは僕だ。
だけど、そんな傷一つで動揺する土方さんに、どうしようもなく腹が立つ。
軽々しくそんなところに手を伸ばした挙句に、そんな態度…。
名前ちゃんにはもう二度と近づけないように牽制しとかなくっちゃ。
気付けば随分大股で歩いていたみたいで、僕が縁側につく頃には小走りで道場の中を追いかけてきた名前ちゃんの息が少しだけ上がっていて、強張ってた顔の筋肉が少しだけ弛緩された。
やっぱり名前ちゃんには見せられない顔があるんだ。