僕のおねえさん
□10.
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☆★やっぱり…。★☆
最初にこいつの顔を見たとき、確かにどこかで見た顔だと思ったんだ…。
それがどこだとか考えてる余裕もなかったし、その前に目にした光景の印象が強くて、ネコっぽい女だとなんとなく思う程度で…。
だがその印象も、この女のしゃべる様子や腹を抱えて笑い転げる様を見て、なんとなく…、
本当になんとなくだが、見たことがあるんじゃなくて誰かに似ているんだと俺の脳裏でそんな思いがチラついた。
なんとなくそんな直感…、というか予感を抱きつつも、ここまで関わった女を、いくら見ず知らずだからと言って、そのまま放置して行くなんて事もできずについ『家まで送る』なんて口走っちまったが…、
まさかとは思うが……。
「あんた、…家はこの辺なのか?」
家まで送ると言って公園を出てから数十分…。
数年前まで通い慣れた景色が眼前に広がる。
「はい。…あ、もうホントにすぐなのでここで大丈夫ですよ?」
住宅街の細い十字路の角で立ち止まり胸の前で両手を振る女。
ここで別れて帰れば、それで終わりだとわかっちゃいたんだが…、
なんだ…、
この脳裏を横切ってチラつくばかりか、もうそれどころの騒ぎじゃねぇほど俺の脳内を占めるこの予感の割合はっ!
ネコっぽいと思っていた女は、話せば話す程俺の知るヤツとは印象はかなり違うものの、ふと見せるいたずらな笑顔や仕草、それに顔つきなんかよくよく見れば…、口元なんか特にそうだ。
目元も幼さがある分可愛げがあるが、この瞳の色といい…、
目元をもっとキレのある形にしたらどうだ…。
…………。
俺の脳内モンタージュは予感通りの姿を表す…。
「あんた、昔からここに住んでるのか…?」
女の自宅があると思われる先を見据えてぼんやりと呟けば、女は俺を見上げて不思議そうに顔を傾げる。
「え…?あ、はい。生まれてからずっとこの街で育ちました」
「そうか…。」
「?」
聞くだけ聞いて黙り込んでしまった俺をますます不思議な顔で見上げるこいつは、俺の知るあいつとは違って『何ですかぁ?聞くだけ聞いといて。気持ち悪いなぁ』だとか言わないだけまだ救いがある。
いや、まず初対面でそんな事をいうやつはいねぇか…。
と思ったが、そういえば俺とあいつの初対面はそりゃあひでえもんだった…!
こまっしゃくれたクソガキで、近藤さんの前ではやたら猫かぶっていやがった。
そのくせ近藤さんが見てないとこでは俺に生意気な笑みを浮かべてきやがったり…。
そんな最悪な初対面で、今でもあいつとは犬猿の仲だが、…まぁ、ただそれだけってことでもないところはある…。
その『それだけってことでもない』ところがこの女には顕著に現れているというか…。
率直に言えば同じ系統だということで、
さらに言えば、あいつの家がこの先にあるという事だ。
本来なら無事に玄関先まで送り届けてやるのが男の筋ってもんだろうが、やはりというかなんというか…、
女がここでいいと言うなら見送りはここまででもいいかとさえ思ってしまう俺もいて…。
男としてそれはどうなんだと思う俺が脳内で頭を掻き毟り地団駄を踏んでいる。
「あ…、あの〜…?」
『そうか』と言ったきり何も言わなくなった俺を首だけでなく背中から傾けて俺を覗き込む女の瞳にはっとして、
「な…、何でもねぇ。気を付けて帰れよ」
と普通に言い切る。
帰れよって…。
地団駄踏んでた俺どこ行った…。
自分の発言に呆然としながらも右手はしっかりと肩の高さで軽く左右に揺れている…。
「はい。……、あの…、本当にいろいろご迷惑をお掛けしてすいませんでした。……その、…服とか……」
ここに来るまでもう何度も聞いた言葉をまた口にする。
俺もその度に気にするな、弁償とかいらないと何度も同じセリフを吐いた。
「あぁ、もういい。早くいけ」
左右に振っていた手を猫を追い払うようにシッシと振るとふふっと女は口元に手を当てて柔らかく笑う。
「はい、わかりました。」
そういうとたたっと小走りで数歩先へ行くがその場で立ち止まり振り返る。
「?」
外灯の照らす範囲から外れた女のシルエットを俺は怪訝な顔で見ていただろうか。
「また…、会えますか?」
薄暗い闇の向こうから聞こえる女の問いに一瞬息を飲み込む。
次に会う時は、どうだろう…。
そんな繋がりがあったのかと思うだろうか…。
どんな形で再会するかはわからねぇが……、
「俺もこの町の住民だ。どっかで会うだろ」
そう答えると闇の中だというのに女の心が跳ねる空気がここまで伝わる。
「それじゃあその時はたくさんお礼させてくださいね!」
交わした会話の中で一番イキイキとした声でそういうと走って行く音と共に次の外灯の明かりに浮かぶ女の後ろ姿が視界に映る。
その次の外灯に照らされ、その光の元を右に入れば……、
間違いなく女はその家へと帰って行った。