僕のおねえさん

□2.
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「やっ!?」

広げられたデコルテから覗く名前ちゃんの胸元には長く伸びる一本の傷跡。
右胸の上の方から二つの膨らみの間の谷へと続く一本の傷跡は、幼かった僕の記憶より幾らか薄くなっているように思えたけれど、やっぱりそれは名前ちゃんの白くて綺麗な肌に鮮明に残っていた。



「いきなり何す…!」

「この傷は僕のせいでついたんだよね…」

傷の始発点をそっと撫でる。

「あ……、」

「傷跡、キレイに消えなかったんだね。ゴメン。」



当時、僕が五歳くらいだったかな?まだ小学校に上がる前。
所謂イタズラ盛りだった頃、夏の暑い日にワガママ言って庭にビニールプールを出してもらって一人で水遊びをしてたんだ。

その時名前ちゃんは中学生で、午前中友達と図書館に行ってたんだっけ…。

お昼前に帰ってきた名前ちゃんは庭で遊んでる僕を見つけると笑顔で駆け寄ってきて一緒に遊んでくれたんだよね。

ノースリーブとショートパンツから伸びる手足が夏の太陽に照らされて白くて綺麗だったのを覚えてる。

こんなワガママでイタズラ好きな僕を可愛がってくれて、一緒に遊んでくれる名前ちゃんが大好きだったんだ。

それから、名前ちゃんには昔から不思議なところがあって、何故か外にいると必ずと言っていい程どこからともなくネコが近づいてくるっていう不思議な現象が起こるんだ。

その時も、僕たち二人で水の掛け合いっこをしたりして騒いでいたら、塀と垣根の隙間から一匹の小さな子猫が現れたんだ。

その猫は『こんにちは』とでもいうようにニャアとなくとまっすぐに名前ちゃんの足元に寄って行ってすりすりと名前ちゃんの足にくっついて。

名前ちゃんも動物が大好きで、寄ってきた子猫とすっかり仲良くなって抱っこして頬ずりなんかして、僕と遊んでいたのにすっかり猫に夢中で…。

なんだか一人にされた僕はムッとなって、
名前ちゃんに僕の方を向いて欲しくて、つい猫に水鉄砲で射撃してしまったんだ。

水鉄砲の威力にビックリした猫は面白いくらいに、ほんとにマンガのようなリアクションで名前ちゃんの手から飛び跳ねて慌てて庭の外へと逃げて行った。



『あっはは!今の見た?ハリネズミみたいにトゲトゲになってたね!』



猫のリアクションも面白かったけど、これで邪魔者は撃退したと嬉しくなってお腹を抱えて笑いながら名前ちゃんに視線を向けると、そこには真っ白な名前ちゃんのノースリーブの服が真っ赤に染まってて…。



『!?名前ちゃん!』



びっくりして慌ててビニールプールから飛び出して名前ちゃんに駆け寄ると、名前ちゃんは困った顔をして傷口を抑えていない方の右手で軽くコツンと僕の額にゲンコツを落とした。



『ダメでしょ総ちゃん。子猫ビックリしてかわいそうだったよ?』



メっ!と言ってもう一回ゲンコツを落とすと置いてあったタオルで濡れた手足を拭いて家の中に入って行った。

その後、家の中から母さんの大きな声が聞こえて僕も急いで名前ちゃんのところに行ったんだけど、そこでも名前ちゃんは驚いて慌てる母さんを前にしても、ただ困った顔で笑ってるだけだった。

子猫の付けたキズなんてすぐに治るよって言ってたけれど…。

名前ちゃんの胸元についた三本線は赤々としてて、見るからに痛そうで…。

夜になってご飯時に父さんが『そりゃ痛かっただろ』と言っても『でも今は痒いだけだから』って笑ってた。


あの時は三本線だったのに、今目の前にあるのはくっきりとした一本線で、よっぽどあの猫はビックリして真ん中の爪に力を入れてたんだなぁって思う。






僕の当時を思う顔を見上げて、引っ張られたニットの首元を手で抑えると、



「総ちゃんせいじゃないよ」



と優しく微笑んで右手をあげて僕の耳の後ろあたりを撫でてくれた。



「総ちゃん、大きくなったんだね。頭、手ぇ届かないじゃん」



背伸びして僕の頭のてっぺんに届くようにと手を伸ばす名前ちゃんは出て行った時とちっとも変わらない。

だけどあの時の僕にはもっと大きく感じていたのに。



「名前ちゃんはちっとも変わらないね」



外見も声も仕草も表情も。

あの頃と変わらない総てが優しい雰囲気で。



「ふふ、ただいま!」



にっこり笑う名前ちゃんに僕の空白だったような、
あの頃の、笑顔が溢れていた頃の記憶が蘇る。



「おかえり、名前ちゃん」

「ずっと待ってたらココ通るいろんな人にジロジロ見られて大変だった〜!もう疲れちゃった〜」

「ずっとって…。何時からここにいたの?」

「うーん…。14時くらいかな?総ちゃんそれくらいに帰ってくると思って。」

「……、今時小学校低学年でも帰ってこないよ。そんな時間…」



変わらない名前ちゃんの少しズレた発言に呆れながらも、二人で我が家の玄関をくぐった。
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