僕のおねえさん
□1.
1ページ/4ページ
☆★残されたのは僕とおにぎり★☆
僕には歳の離れたおねえさんが一人いる。
名前は名前ちゃん。
僕よりも9コも年上で、すごく面倒見が良くて母さんの代わりに僕の面倒を見てくれたり遊びの相手をしてくれたり…。
かけ算や割り算を教えてくれたのも名前ちゃんだった。
歳が離れている分、そこらの兄弟みたいに兄弟喧嘩なんてしたこともなくて一緒にいるのが楽しいくらいだった。
でも僕が小学校四年生になる春に高校を卒業した名前ちゃんは、県外の大学に入学するのと同時に遠く離れていってしまった。
それからしばらくは連絡はあってもなかなか帰ってこなくて、
よっぽど忙しいのか、それとも帰ってくるのが嫌なのか…。
それはないか、と思いながらも幼かった僕も、自分の人生を謳歌しながら名前ちゃんの存在も気にならないくらい楽しい日々を送っていた。
それから月日は流れ、僕の記憶に残る名前ちゃんと同じくらいの年齢に成長した僕は、いきなり住み慣れたこの家にたった一人、取り残される事になってしまった。
「えーっと…。ちょっと待ってね母さん。もう一回言ってみてくれる?」
『あ、ゴメンね、電波が良くなかったかな?あのね、お父さんが会社の役員会議で出向先の支社長にいきなり昇進しちゃったのね。それで会社の決まりで役職者は妻帯赴任が通例だからって急遽シンガポールにいかなくちゃならなくなったのよ。って話。聞こえた?』
早口でとてもわかりやすい説明をしてくれる母さんだったけど、僕が聞きたかったのはそういう事じゃない。
「うん、ちゃんと聞こえたよ。で、今どこからかけてるって?コレ?」
珍しく学校から寄り道もせずに帰ってきた僕の目の前にはたくさんのおにぎりが山のように積み重なってラップをかけられた大皿と、
『お味噌汁はインスタントね!』
と走り書きされたメモが一枚。
携帯電話から聞こえてくるざわめきから、大体どこからかけてきてるかなんて、この母親の言葉を聞かなくてもわかってしまうけど、とりあえず聞いてみようと思う。
どうせもうそっちに着いちゃってるんでしょ?
そんな僕の予想通り、
『たった今シンガポール空港に到着してスーツケース待ちなの』
ほらね。
やっぱり予想通りの返事が帰ってきて、面白くもなんともないのに鼻からふっと息が漏れる。
「そ。で?妻帯赴任はいつまで続くの?」
『そうねぇ…。何年続くかわからないわ。多分お父さんが役職外されたら帰れるかしらね…』
「そっか…。それじゃあこのおにぎりがなくなる頃には帰ってこれるかな?」
テーブルの上のおにぎりの山に手を伸ばして一つかじってみる。
『ふふ、総ちゃん、ちゃんと食べなきゃダメよ?』
僕が少食なのを知ってて言うんだから…。
「はぁ…。母さん、僕料理なんてできないよ?」
『大丈夫よ、総ちゃんはなんだってやればできる子なんだし。それにいざとなったら近藤さんちにご飯いただきに行っちゃいなさいな!総ちゃんなら歓迎してくれるでしょ…!あ、来たきた!』
いくら近藤さんちと付き合いが長いからって、毎日ご飯食べに行くなんて図々しいな。
それに僕だって遊びたい年頃なんだし、近藤さんちでお世話になってちゃきっと自由な時間は確保できなくなる上に、親の前でしてるより『イイコ』を演じていなくちゃならないじゃない。
『もしなにか不都合があるようならいつでも連絡してね。お母さん、総ちゃんのこと信頼してるから!』
そう言って一方的に通話は終わり、僕はこの家に一人取り残されることになった。
幼い頃の記憶に残るのは笑顔の父さんと母さん、それから名前ちゃんがこのテーブルを囲って座り、そこにはもちろん僕もいて。
みんなで食べるご飯が何よりも僕の楽しい時間だったと思う。
名前ちゃんが出て行って、父さんも単身赴任で出て行って、
残った僕と母さんの二人でこの広い家で過ごした数年。
それが今日から突然僕一人。
この家、風水的にアレなんじゃない?
人が定着しないっていうか出て行っちゃう何か方角とかの配置になってたりっていう…。
ま、何にしても一人は寂しいなんて歳でもないし、幸い僕は美味しいご飯が食べれないなんて死んじゃう!っていうキャラでもない。
なによりも母さんのいる時間がなくなれば、イイコを演じるなんてめんどくさい事しなくてもいいんだと思うと気が楽で。
こんなに広さはいらないけれど、好き勝手できる僕だけの城となったこの家で、伸び伸びやって行こうと齧りかけのおにぎりを持ったままソファーにどっさり倒れこんだ。