平助の母親

□78.
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ちょっと出てこれないかって言うからほんとにちょっとのつもりで出てきただけなのに……。

としくんの左手にシフトノブごと掴まれる自分の右手を見つめる。
シフトノブの上に私の手。
その上にとしくんの手が被さりサンドイッチ状態…。
としくんがギアチェンジするたびにわたしの右手も動くからわたしが操作しているみたい。
オートマしか乗ったことないんだけど……。

そんなことを考えていると赤信号で車が停車して、シフトノブを握るわたしの指の間に覆い被さるとしくんの指が割り込んできて指と指の隙間を埋めるように絡められる。
わたしの掌の向きが違うけれど、所謂恋人繋ぎのようになる。

とっさにとしくんの顔を見上げると、としくんはまじまじと繋がる私たちの手を見つめてぽつりと呟く。



「ほんと…、お前の手は小せぇな…」



その声があまりにも慈しむような感情を込めた囁きのように思えて、その対象が自分の手に向けられたものだと思うと、恥ずかしくなって見上げた顔を逸らしてしまう。



「と…、としくんの手がおおきいんだよ…」



俯いてぽそっと呟けば、グッと寄ってきたとしくんの顔がチュッと音をたてて頬に触れる。



「とっ…!としくん…!」



慌てて顔をあげると今度は唇に軽く触れるだけのキスが降る。



「んっ!…もぉ!としくん!?」



今日のとしくんはいったいぜんたいどうしちゃったっていうんだろう…。
さっきもダメって言ったのに!

そう思って抗議しようととしくんの顔を見上げれば前を向いたとしくんは信号を見上げてギアを一速に入れるとわたしの抗議の声に、



「うるせぇ。お前が悪ぃんだ…。」



とボソっと呟いてアクセルを踏んだ。




な!?なんで!?
わたしが悪いって……、
意味分かんないんですけどぉ!!

目を見開いて声も出せずにいると、チラッと視線を向けて、フンっと視線を前方に戻す。

なっ!?なんなのぉ!!?
開いた口が塞がらないってこういうこと言うんだ。あぁそうか。


なんて改まって感心してる場合じゃなかった!
もぉ、ほんとになんだっていうんだろう…。
としくんってこんなんだったっけ???







「ね、ねぇとしくん、…どこに行くの…?」



どんどん地元の町から離れて行く景色に、帰りの時間とか、明日の事とか、色々心配になってくる。
そんなわたしの心配事なんて気にもしてくれないのか、こっちをチラリとも見ないで
「さぁな…」としか答えない。



「さ…、さぁなって……。ちょっとじゃなかったの?」



としくんの考えてることがちっともわからなくてつい声が大きくなってしまう。
するとゆっくりと車の速度を落としてすっかり町から離れた郊外の丘へと続く坂道の途中で車を停車させると、ギアをパーキングに入れてしっかりとパーキングブレーキを引く。

やっと解放された右手を膝の上に戻してとしくんの方を見れば、としくんは両手をハンドルの上に掛けるように乗せて、一度首を下げてため息をつくと、顔を上げて前を向いたまま「帰りてぇのかよ…?」と呟いた。



「……え………?」



その呟きがあまりにも切なくて寂しげな声に聞こえてしまって、ほんとにどうしちゃったんだろうと心配になってとしくんの横顔をじっと見つめる。



「…俺は…、お前の声を聞くだけで会いたくなって、会えば抱き締めて二度と離したくないと思うのに…。どれだけ時間に追われていたってお前の事を思わない時なんてないくらい…、お前の存在が俺の全てを支配しているくらい思っているのに…」



わたしの視線から顔を逸らすように運転席の窓の外を見つめて小さな声でとしくんの気持ちが呟かれる。
そんなふうに小さな声で呟くなんて、いつものとしくんからはとてもじゃないけど想像できなくってやっぱり何かあったんだと心配になって、としくんの左肩の少し下に手を置いて
「としくん…?どうかしたの?」とシートから背を離して顔を覗きこんで声をかければ次の瞬間としくんの右手が伸びてきて左肩をぐいっと引かれてとしくんの胸の中に閉じ込められてしまう。



「きゃっ!?」



ぎゅっと力強い両手に閉じ込められて、目の前にはとしくんのシャツしか見えなくて身動ぎしようにも左肩にしっかり密着するとしくんの顔がそれを許さない。



「ずっと我慢してたんだ…。充電くらいさせろ」

「じゅ…じゅうでん……?」

「ん………」



短く返事?をしたとしくんに拘束されたわたしは、そのまま30分くらい、
特に何かを話すでもなく
時間だけが過ぎていった…。
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