平助の母親

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バス通りの幹線道路を左に曲がり、名前の家の前の一方通行の道を左前方に、片側一車線の道路に車を寄せて停車する。

ここで待っていれば名前が出てきてもすぐに気付くだろう。



五月の大型連休以来…、いや、もっと厳密に言えば、名前が俺の家に泊まりに来たとき以来、ゆっくり名前と二人だけで会うことはなかった。

俺たちの立場上、仕方ないこととわかってはいたことだし、それなりの覚悟もしていたつもりだ。

近藤さんに俺たちのことを打ち明けたときも、俺自身、平気だと踏んでいた。

だが…、

やはり近藤さんが言っていた通り、
平助が卒業するまで待つなんて難しいことだと気付いてしまった。
ただ、あいつの声を寝る前に少しだけ聞いたり、メールでくだらないやりとりをしたり、時々近藤さんと一緒に仕事中の笑顔を見れれば、それだけで充分だと思っていたはずだったんだが…。

会うたびに思う。
近藤さんや総司たちに向ける笑顔を、その横顔を俺のためだけに振り向かせたい。

俺を見上げるしぐさや、俺の名を呼ぶ声。

名前の言った何気ないひとことで、場所も立場も全て忘れて抱き締めてしまいたくなる衝動をなんとか理性を働かせて抑えている自分。

俺の本能が名前を求めて離したくないと訴える。

毎晩他愛ない会話をするだけでその日一日の疲れが癒される。
そんな日々の繰り返しをしていれば、やがていつかは俺たち二人、何を気にするでもなく過ごせる日が来るだろう…。
その日が来るまで、今のままの接点だけで充分だと思っていたのに…。


名前の事を思い、ぼんやり前方を眺めていた視界に、曲がり角の影から勢いよく飛び出してきた名前の姿が表れる。
左右を確認して俺の車を見つけるとにっこりと微笑みを浮かべて駆け寄ってくる。

助手席側のピラーを腰を屈めて車の中を覗きこみながら小さくノックする名前のしぐさに自然と頬が緩み俺まで笑みを浮かべてしまう…。

手を伸ばして内側から少しだけドアを開けてやれば、そのドアを開けて「こんばんは」と律儀に挨拶して乗り込んでドアを閉める名前。
そんな名前の挨拶に俺は返す言葉もなく、ただ気が付けば左手で名前の頭を、右手を名前の頬に添えてその小さな唇を覆い塞いでいた。

名前の唇の感触を確かめ、驚き開いた隙間から舌を捩じ込めば、動揺に揺れる大きな瞳。
名前の姿を見た瞬間から、きっと俺の理性はものの見事にぶっ飛んじまったらしい。
名前の口内を隅から隅まで這い回る舌は最早俺の思考回路を完全に無視して勝手に動き回り、名前の舌を捕らえると逃がしはしないと絡めとる。

強く絡めて角度を変えては呼吸をすることすら忘れるくらい、名前の全てを飲み込んでしまいたくなるくらい強く吸い付く。
どちらのものかわからない、互いの混じりあった唾液が唇の端から零れると名前の弱々しい拳が俺の胸を叩く。

そっと唇を離して目を開ければ、目の前にあるのは眉をひそめて苦しげな表情で俺を見上げる名前の顔。
肩を、胸を上下させて呼吸を整えながら切ない眼差しを俺に向け「としくん?」と首をかしげる。

そんな名前のしぐさも……、
いや、
名前の全てが愛しくて名前の肩を抱き寄せて、その肩に顔を埋める。



「と…、としくん……、どうしたの…?」



動揺した名前の声。



「いや…、どうもねぇよ…。ただ、少しでいいからこのまま…、このままでいさせてくれ」



ぎゅっと名前の薄い体を抱き締めて首筋に唇を当てて呟く。



「とっ…!としくん…!」



くすぐったかったのか首を伸ばして体を捩る名前が可笑しくて笑ってしまう。



「ふっ…、くくっ…」

「ん、あっ…!やだ…」



思わず漏れる名前の小さな声に、どんな顔してそんな声を出すのか見てみたいと思う俺は相当な変態かも知れねぇな…。
首筋に埋めていた顔を上げて名前の顔を見下ろせば、頬を赤く染めて瞳も唇も潤ませた…、
普段の名前からは想像すらできないくらい妖艶で下手すりゃ我を忘れていつまでも見惚れてしまうくらい綺麗な表情だった…。



「名前……」



もう名前の名前しか言葉にならない。

もう一度その小さな、潤んだ柔らかな唇に吸い寄せられるように顔を近付け目を閉じれば俺たちが届く寸前で頬に感じる感触。



「…………。」

「……、としくん、ダメ」



なんだと思って瞼を開いてみれば、潤んだままの瞳で少しだけ眉をつり上げぶんむくれた表情で俺をにらみ上げる名前の顔。
俺の両頬をつまむのは名前の両手の親指と人差し指。



「…………。」

「…………。」



数秒間その状態で互いに言葉も発せず見つめあい、子供のにらめっこのような状況にこらえきれずに吹き出してしまう。



「ぶっ…!ははっ…。参った。やっぱお前にゃ敵わねぇよ」

「もっ!もぉっ!笑い事じゃないよっ?こんなとこで……、誰かにみられたら…」



俺がもうなにもしないと判断したのか、俺から手を離しキョロキョロと車外に目を向け焦る名前の言葉を最後まで聞きもせずシートに背を戻しギアを入れて急発進する。



「わっ!わわわっ!」



シートベルトも着けず、ただシートに腰かけただけの状態だったため、急に動き出した車の動きのままにシートに横向きに埋まる名前。



「とっ…、としくん、どこいくの!?」



シートに埋まった右肩を起こすのに左手でシートを抑えて上体を起こそうとしながら俺を見上げて焦る名前を横目に前方を見ながら頬が緩む。



「ふっ…、車に乗ったらまずはシートベルト。前にも言っただろ?」

「えっ、だっ…、だって…!出掛けるなんて聞いてないしっ…!」

「うるせぇ。いいからさっさとシートベルトしろ。」

「な!?なにそれもぉ〜!」



喚く名前を乗せて特に行く宛もないままに夏の夜のドライブへと車を走らせた。



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