平助の母親
□73.
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すっかり帰るタイミングを失ってしまったわたし…。
バスケ部が…、平助のことが心配で、近藤さまに促されて座ったソファーに腰かけてはいるもののなんだか落ち着かない。
さっきの武田先生の大きな足音と声で、騒然とした職員室の雰囲気が扉を閉じているにもかかわらず伝わってくる…。
やっぱり帰った方がいいんじゃないかとソファから立ち上がった時、職員室から近藤さまが入ってきて、ちょうどすくっと立ち上がった私を見て目を丸くした。
「いやぁ、苗字さん、一人で待たせてしまってすまなかったね」
そう言ってテーブルを挟んで反対側のソファに近付いて、わたしにも座るように手をひらひらさせる。
「あ、いえ。あの、なんだかみなさん大変そうですし、わたし帰ります」
「いやいや、そんな気を使わなくていいんだよ。トシもじきに戻って来るから」
「でも…、やっぱり大変そうですし…」
カバンを抱え込んで頭を下げれば、座りかけた腰を上げてわたしの隣まで来て肩をポンポンと叩いて座らせようとする近藤さま。
「おや?苗字さん、そのカバンは…?」
わたしが抱えていたカバンに気が付いて尋ねられ、さっきの騒動の時にこっそりとしくんに渡されたことを伝えると、
「やっぱりトシは頼りになるなぁ」
うんうんと満面の笑みで頷いた。
そんな近藤さまを見て、わたしもほんとにそうだなと思う。
としくんがいてくれたから、こうして今熱も下がって、カバンも無事に手元に戻ってきた。
もし昨日、一人で帰ることになってたら絶対にその辺の道端で倒れて通行人のご迷惑になっていたに違いない。
カバンだってもしかしたらもう戻ってこない状況になっててもおかしくなかった…。
そう思うと、ほんとにとしくんには感謝の気持ちでいっぱいで胸があったかくなる。
としくんはもっと俺を頼れなんて言ってくれたけど、わたしが言わなくても助けてくれるとしくんに、これ以上頼りきることなんてできないよ。
それにお仕事の邪魔になんて絶対になりたくない。
わたしがここにいることで、近藤さまにも気を使わせちゃってるし…。
早く帰ろう。
そう思ったとき、職員室からの扉が開き、としくんが入ってきた。
「おぉ、トシ!どうだったね?」
振り向いて尋ねる近藤さんをチラリと見て、それからわたしへと視線を向ける。
「名前、悪いが平助にも帰るように言ってあるから一緒に帰ってくれないか…?せっかく来たのにすまねぇな」
「いえ、わたしも帰らなくちゃと思ってたところだったので…、仕事中なのにお邪魔してしまってすいませんでした。」
「いや、そんなことは気にしなくていい。多分…、帰る前に道場に寄るはずだから、そっちに行くか…」
そういうと近藤さまに視線を向けながら廊下側の扉へ進み
「詳細は戻ってからすぐ報告する。とりあえずこいつを平助のとこに置いてくる」
と言って扉を開ける。
「忘れもんねぇか?行くぞ」
「あ、はい!近藤さま、失礼します!」
そう言って近藤さまに頭を下げて、としくんが開けて待ってくれている扉から飛び出した。
「苗字さん、くれぐれも気をつけて帰るんだよ!」
近藤さんの言葉にふふっと笑うととしくんもふっと笑うから扉がしまると同時に二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
「ったく…、近藤さんはお前のこと孫だとでも思ってやがるな…」
「ふふ、こんな大きな孫なんて…!ふふ!ありえないでしょ!」
可笑しくて笑いながら二人並んで歩き出した。