平助の母親

□72.
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「すごい驚きようだなトシ!」
はははと俺の背中をバシッと叩く。

「いっ!……、いやまさか…、寝込んでると思ってたやつがこんなとこにいるなんて思わねぇだろ普通…」



叩かれて前のめりになりながらも名前に視線を向けるとにっこり笑って



「としく…、あ土方先生、…その節は大変お世話になりました。おかげでもうすっかり熱も下がりました。」



口に手を当てて言い直しながら立ち上がりペコリと頭を下げる。



「ははは!苗字さん、いきなり他人行儀になって…。大丈夫だよ。ここにはそんなに人が入ってくることはないから気にせずいつも通りにしてくれていいんだよ」



そう言って扉を閉めて俺をソファに座らせ名前にも再び座るよう手をヒラヒラと上下させる。



「病み上がりが…、こんなとこに来て大丈夫なのか?」



昨日一晩、高熱に魘され相当体力を消耗したはずだ。
いくら熱が下がったとはいえ、あちこち出回っていいはずがない。

ソファに座り膝に肘を着いて名前の顔を覗きこめば、少しだけはにかんで



「はい。コンタクト着けたまま寝ちゃったので起きたときすごく目がゴロゴロしてビックリしたんですけど、それ以外はもう全然問題ないです!」



返ってきた答えに思わず目を見開いてしまうが、やはり名前を相手にすると自然に笑みが浮かぶ。



「ほぉほぉ!コンタクトとはそんなに違和感のあるものなのかね!?」

「あ、はい。慣れてしまえば普段は平気なんですけど、着けたまま寝るのはダメですね!うたた寝とかでも危険です。ぐにゅっとなってビックリしますよ!」



真剣に近藤さんと話している様子につい笑ってしまう。



「ふっ…、ズレてんな」

「え?今は大丈夫ですって」



なにいってるんですかと言わんばかりの疑問顔で見てくる名前にまたも笑みが含まれたため息が出てしまう。
昨夜からずっと魘された顔をしていて、気が気じゃなかったが、こうしていつものように色んな表情を見せてくれる名前をみて、やっと安心することができた。

だが…、



「おまえ、一体こんなとこまで何しに来たんだ?」

「あ、あの…、さっき留守電を聞いて…」

「留守電?」



確かに最後にかけた電話は留守電に切り替わったがメッセージを入れた覚えはねぇ。
不思議に思い聞き返すと、



「あ、あれ…?としくんの舌打ちが聞こえたと思ったんだけど…。違ったかな…」



え?誰だったんだろ…。え??
と頭を捻る名前。
受話器を置く間際の微かな舌打ちだけで俺だと解ったっていうのか…。
しかもそんなことでわざわざここまで来るなんて…。



「っはぁ…、ったく…」



思わず盛大なため息が出ても仕方ないだろう。
ため息をついて項垂れ右手で額を押さえる俺をみて、「あ…、あの…、」と近藤さんに助けを求めるようにおろおろする名前。



「ははは、トシの舌打ちは最早名乗りと同等なのだな!」



ははははは!と更に口をでかく開けて盛大に笑う。
そんな近藤さんの笑い声を横に、名前が口を開く。



「あ、あの…、それでね、としくんにメールしようと思ったんだけど、どこにも見当たらなくて…。私、ホテルから持ってきた記憶もなくって…。その…、カバン一式…」



しょぼんと「情けないんだけど…」と呟き、俺に何か知らないか尋ねるような視線で見上げてくる。
その上目使いのしぐさに胸の奥がなんとも言い様のない疼きに襲われる。



「…、ちょっと待ってろ」



そう言って立ち上がり名前の頭にぽんっと手を置いて廊下へ出る扉を開ける。
高ぶる胸の奥とは裏腹に低めのトーンで言って落ち着かせる。
このまま名前と居続けたら近藤さんの前だっていうことも忘れて自分を押さえる自信がねぇ。



「?」



どうしたんだ?という近藤さんとキョトンとして振り返る名前を残してパタンと扉を閉めた。
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