平助の母親
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☆★心配性の一日★☆
いつもの通り教室に向かえばいつも通り朝から賑やかで元気な生徒たちの様子が階段を上がって歩く廊下にまで伝わってくる。
朝、電話で名前の鞄を持ってきちまったことを置き手紙でもなんでもいいから伝えといてくれと平助に頼みはしたが…。
ちゃんと伝わっただろうか…。
電話をかけたときはまだ名前は起きていないと言っていたが…、
あれからまた熱が上がったりなんかしてないだろうな…。
………。
…………。
あーーー…。
授業なんて自習にして今すぐにでも名前の様子を見に抜け出したい………、
っと…、んなこと思ってても実際やるわきゃいかねぇがな。
ガラッと教室の入り口を開ければ、いつも通り蜘蛛の子散らすように各自の席につく生徒たち。
教卓の前まで進んで教室の端から端まで、
見渡せばいつも通り学級委員の号令で全員が起立して朝の挨拶を交わす。
いつも通り、何も変わらない。
平助と千鶴に名前とのことを打ち明けてから初めての出校日。
きっと何も変わらない。
そう思って出席簿からあげた視線の先に見えた平助と千鶴だけが、他の生徒たちとは違い俺の視線から逃げるようにどこか居心地悪そうに視線を泳がせてそわそわとしていた。
朝礼が終わると一先ず一時間目の用意をしたり隣同士で宿題の確認をしたりと各々動き出す生徒たち。
そのざわめきに紛れる中、平助を呼びつけて廊下へ出るように声をかけ、平助が席を立つのを見てから俺も廊下へと足を向ける。
「おはよう」
「…おはようございます」
「あれから結局起きて来なかったか?」
「…あぁ」
「熱は?」
「…だいぶ下がった感じ…」
「ちゃんと荷物の件、置き手紙書いたか?」
「!」
それまで俺とは目をあわせず、質問に返す言葉もどこかいつもの平助とは違う、よそよそしさを感じさせるような静かな口調だったのに、置き手紙の件を聞いたとたん目を見開きやっと俺と目をあわせる。
「………、平助………」
「やっ!だってさ!」
「だってさじゃねぇだろ」
唸るような低い声で睨み付ければ更に慌てて言い訳をする。
「あ、あのあと千鶴が来てかぁちゃんの様子見に行ってたらそれどころじゃなくなっちまったんだよ!」
「あぁ?なんでだ?熱下がったつったじゃねぇか」
「や、…そうじゃなくて…………」
そう言うとまた視線を下げて口のなかで何か言いづらそうにモゴモゴとしだす。
「なんだ」
「………」
「っはぁぁ…、もういい。後で家電に電話する」
いくら待っても話し出しそうもない平助に盛大にため息を吐き捨てすれ違いざまの肩越しに言えば、バッと振り返った平助にシャツの背中を掴まれる。
「………、なんだ?」
肩越しに振り返って平助を見下ろせば、慌ててシャツから手を離して
「ひ…、土方先生…、昨日…、泊まってったんだよな…?」
足元に落とした視線を左右に泳がせ小声で呟く。
「あぁ」
平助に引っ張り出された背中のシャツをしまいながら答えると一瞬大きな目を俺に向けたがまた視線を逸らせる。
「どこで寝た…?」
「あ?」
「俺が最後に見たときはソファーにいたよな?」
「あぁ、そうだったな」
「朝までそこで寝たんだよな?」
そう聞く平助は上目使いでどこか不安げな様子だ。
「いや、途中で名前が氷枕を換えようと起きてきたからそれを替えてやって、それから朝までは名前の部屋にいたが…?」
「え……、それって…」
「添い寝してやったが?」
「っ!!」
驚く平助にニヤリと口端をあげて見せると予鈴が鳴る。
「ほら、さっさと戻れよ」
平助の頭に手を置いてそう言って職員室へと足を進める。
俺も一時間目の授業の準備がある。
のんびりしてる場合じゃなかったな。
階段を降りるときに横目に教室の方へ視線を向ければ、突っ立ったままの平助が真っ赤な顔で口をぱくぱくとさせているのが見えた。