平助の母親
□68.
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ぽつんと座っていると台所の方からがさごそと音が聞こえて冷凍庫の引出しが閉まる音がする。それから開けたままのドアに逆光のとしくんの影が現れる。
「ほら、取り替えてきたから…」
そう言ってポンポンと氷枕の形を整えてわたしの肩と背中に手を添えて横たえてくれる。
「あ……、ありがとうございます…」
肩までタオルケットをかけてくれるとしくんにお礼を言えば、近づいた顔を向けて
「最初と比べたらだいぶ呼吸も落ち着いたな」
といってまた額を撫でてくれる。
「熱は相変わらずみたいだけどな」
「あ…、あの…」
確かめるように言うとしくんに声をかけると、「ん?」首をかしげてわたしの目を覗きこむように見つめてくる。
「どうした?何かほしいもんでもあるのか?」
「あ…、いえ、そうじゃなくて…、
………。としくん、帰らなくて大丈夫なのかな……、って……」
としくんの目を見上げて言えば、額を触れていた手がぺちっと叩く。
「いた!」
「余計なこと考えなくていいっつっただろ」
「で、でも…!」
「でもも鴨もねぇ。俺がいいっつったらいいんだよ!」
フンッとそっぽ向いてしまうとしくん。
鴨って……。
『でもも鴨もねぇ』なんて言葉、初めて聞いたよ……。
クスッと笑いが漏れてしまうと、そっぽ向いたとしくんの顔がこちらに向き返る。
その顔はジロッと睨みを効かせた表情で…。
「何笑ってんだよ…」
低い声だけど、どこか照れているような、そんな感じでちっとも怖くなんかなくて、そんなところもおかしくて笑ってしまう。
「ふふ…!なんにも!」
タオルケットを目元まで引き上げて言えば、そんなわたしを見て優しく微笑んで頭を撫でてくれる。
「お前はそうやって笑ってりゃいいんだよ」
優しく撫でてくれる手が触れるたび、段々体の辛さが軽くなっていくような気がする。
「としくんの手当ては効果てきめんだね…」
「だろ。だが、効き目は名前限定だがな」
「ふふふっ!」
「………、お前はもっと甘えればいいんだよ…。前にも言っただろ?もう一人じゃねぇんだって…。」
髪の毛を優しく梳かすように頭を撫でて、そっと囁くように呟く。
「自分一人でできると思うことでも全部を抱え込む必要なんてねぇんだ。やってやるって言ってくれる人がいるなら素直に甘えときゃいいんだよ。その方が言った方も喜ぶんだから。」
「…………。」
「………返事は?」
「はぃ…」
無理矢理返事を言わされたけど、やっぱり自分でできることくらい自分で…と思うわたし。
それが甘え下手だとは思わなくもないけど、誰かに頼っていないと生きていけないような人にはなりたくないと思う自分がいて、納得のいかない表情をしていたのか、
またまたぺちんとおでこを叩かれてしまう。
「ぃた!」
「俺が喜ぶつってんだから喜ばせとけ」
「?」
「俺を喜ばせられるのはお前しかいねぇんだよ」
「???」
「お前が甘えれば俺は喜ぶ。俺がご機嫌なら生徒たちも喜ぶ。生徒たちがご機嫌なら保護者も喜ぶ。ご機嫌なやつらに関わった人間すべてが更にご機嫌になって強いては世界平和に繋がるって事だ。」
「?????」
「お前一人の力でそれだけの事が出来たらすげぇと思わねぇか?」
いつも冷静で人の発言をしっかり聞いてから落ち着いた意見で人を納得させるようなとしくんから出た言葉だとは思えないくらいの強引な発言に、思わずキョトンとしてしまう。
だけど、目の前にあるとしくんらしくないどや顔についつい笑って噴き出してしまう。
「ふ……、ふふっ!」
そんなわたしにつられてとしくんも笑う。
「わかったら俺の心配なんかしてないでぐっすり寝ろ。朝までこうしといてやるから」
そう言うととしくんは畳の上に横になって片腕で頭を支えながらわたしの頭を撫で続ける。
「えっ!?そんなのダメだよ!風邪引いちゃう!それにそんなとこで寝たら体も痛くなっちゃうよ?」
「世界平和」
「え?」
「世界平和のために言うこと聞け」
「な!?何それ…」
ふっと笑ってわたしのおでこにとしくんの唇が寄せられる。
「じゃ、畳の上がダメなら…、これでいいよな?」
そう言ってわたしのタオルケットをめくって密着するように布団に入り込んでくる。
「えっ!えっ!?」
戸惑ってるわたしをよそに布団に入り込み体をわたしに寄せて、
わたしの体を布団の中心から少しずらすように押し付けてくる。
腕枕の先生の顔がわたしの顔の真横にあって、右手はわたしの顔の左側に着いて頭を抱え込まれるようにして撫でられる。
「と…、としくん…?」
「ん?」
横を向けば目と鼻の先で優しくわたしを見つめるとしくんの瞳。
わたしの目を覗きこむように見つめてくる瞳と抱え込まれるように撫でられる後頭部……。
余計熱が上がっちゃうんですけど〜!
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