平助の母親
□67.
1ページ/2ページ
☆★男同士★☆
玄関の扉が開く音が聞こえ、名前の頭を撫でる手を止めてリビングへと出ていけば、廊下を歩いてくる平助が顔をあげて俺の視線とぶつかった。
「おかえり」
自然と出た言葉に自分自身少し驚いてしまう。
おかえり、なんて誰かの帰りを迎えるなんてこと、もう思い出せないくらい大昔にあったかどうか…。
そんな俺らしくもない言葉に平助は普通に「ただいま」と返す。
「かぁちゃん、寝た?」
「あぁ、少しだけだがポカリ飲んだら寝ちまった」
そう答えるとダイニングテーブルの椅子を引いて座る平助。
「先生も座ったら?」
そう言ってソファーに座るように視線を向ける。
言われた通りソファーに座れば俺が聞く前に平助から口を開いて話はじめた。
「かぁちゃんのアレ、別に病気でもなんでもないから。」
「病気じゃないって…、あんな高熱、いつものって事は何度も同じ症状に魘されて…、それでも病気じゃないっていうのか?」
平然と落ち着き払った平助に対して全く状況が把握できずに声を荒げてしまう。
「落ち着けって…。すぐムキになるんだから…。人の話は最後まで落ち着いて聞けよな」
「お……、おぅ……」
普段だったら平助の方が言われているような台詞を平助本人から言われてなんだか釈然としないが黙って聞くとしよう…。
「かぁちゃんさ、毎年この時期になるとああやって突然熱出すんだよ。いつも大体昼過ぎまではなんともないんだけど夕方から夜にかけて何となく頭がくらくらするらしくってさ…。で、いきなり一気に高熱だしてぶっ倒れんの。
だから周りもいきなり過ぎてビビるんだけどさ。」
チラッと名前の寝室のある壁に目を向けてふっと鼻で笑う。
「一気に熱が出てマジで焦るんだけど、でも今みたいにぐっすり寝ちまえば、早ければ明日の朝には普通に起きてシャワー浴びて復活するし、遅くても夕方には笑って俺の帰りを迎えてくれるんだ。」
だから心配しなくてヘーキだから!と平助お決まりのポーズで俺にきれいな歯並びを見せつける。
「毎年この時期に…?」
「あぁ、毎年。普通他の人がインフルエンザとか流行ってめっちゃ大変な時期とか全然なんともないのに毎年この時期になると一人でぶっ倒れるから、オレらで勝手に『ひとりインフルエンザ』って名付けてんだけど」
俺の呟きにニシシと笑う平助。
頭の後ろで組んだ手を膝の上に置いて視線をその手に向ける。
「たぶんなんだけどさ、かぁちゃん、この季節になると極端に食う量が減るんだよな。腹減ったりとか食うときはウマイウマイって食うことは食うんだけど…。」
「…………。」
確かにこの時期、食欲がわかなかったり食が進まねぇってのは解るが……。
「あとは疲れかな…。ストレスとか…」
そこまで言うと急に俯き黙りこんでしまう。
「でも…、今回のストレスは、オレが原因かな……。」
「?」
「オレ…、今日さ…、昼間かぁちゃんから電話で帰り遅くなるけど昨日のことちゃんと話そうって言われたのに、もう別に話すことなんてないって投げやりなこと言っちまったんだよな…。
たぶんかぁちゃんにとっては大事な事だったのに…。
話聞いたってもうなんも変わんねぇじゃんって思っても、聞くだけ聞いてやんなきゃいけなかったんだよな…。」
そう言って膝の上の両手を組んでぎゅっと力を入れて握る。
そんな様子を見て、ソファーから立ち上がり平助の前に立つと、俺の足を辿って視線をあげる平助。
「その件に関してはオレもストレスの一因だ。悪い」
視線を下げて謝れば
「フンッ、何言ってんだよ!」
と笑われる。
「?」
怪訝に平助の顔を見ればニヤリと笑って
「オレもーホントになんとも思ってねーから!」
と言って椅子から立ち上がり椅子の背に手をかけて話し出す。
「かぁちゃんてさ、悩み事とか相談事って今まで全然オレにしてくれたことなかったんだ。たぶん一人でずぅ〜〜〜っと抱え込んで自己解決?
だから溜まりにたまったストレスと疲れが重なってひとりインフルエンザ。」
ははっと笑って椅子をテーブルの奥に押し込む。
「なのにさ…、初めてかぁちゃんがオレに話を聞いてほしいって言ってきたのにオレ、…あんな風に言っちゃってさ…。」
「でもさ、」
そう言うと椅子から顔をあげて真っ直ぐオレを見上げて笑う。
「ひとりインフルエンザもきっと今回で最後だと思うよ?」
「?」
「だってさ、土方先生がいればかぁちゃん、今までみたいに一人で溜め込んで抱え込むこともねぇだろうし、強がってた部分も土方先生が支えてやってくれるんだろ?」
にかっと笑って首を傾げ、俺の鳩尾を拳でグッと押してくる。
「…………かぁちゃんのこと、よろしくお願いします」
「………平助………」
俺に拳を突き付けたまま頭を下げる平助。
「今までオレがかぁちゃんと千鶴を守ってやるって思ってたけどさ…、
かぁちゃんには土方先生みたいな大人がついててやんねぇと、
オレじゃまだまだ役不足だったんだよな」
だからよろしくたのんます!
と言って突きつけた拳の手で俺の左腕をバシッと叩く。
「いいのか……?」
俺の左腕のある平助の手を右手で掴んで、平助の目を見つめて訊ねる。
「本当に俺でいいんだな?」
もう一度聞けば、平助も俺の目を真っ直ぐに見返して、一度だけごくりと喉を動かしてから頷く。
「かぁちゃんが良いと思ったのが偶々土方先生だったんだ。ちょっと変な感じもするけどさ、何処のどいつか、どんなヤツかわかんねぇような人より十倍マシだしな!」
そう言ってやっぱりにかっと笑う平助に
「たったの十倍かよ」
と俺も笑う。
二人で笑いあって互いに拳で肩を小突く。
学校では絶対にしないようなこと…。
俺はこれから平助とこんな、
学校とは全く違う関係でうまく付き合っていくんだ…。
男同士、互いに認めあって共存していく関係に……。