平助の母親
□66.
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リビングのゴミ箱にフィルムを捨てて顔をあげると廊下に立つ千鶴と目があった。
千鶴は未だにかぁちゃんの脱いだスーツを持っていて、
でも本人は手に何かを持ってるなんて自覚はないみたいにオレの方を見て立っている。
「着替え、ありがとな」
そう言って近づいて千鶴の持つスーツに手を差し出すと「あ…」と今気付いたような反応をして、慌ててそれをオレに差し出した。
「……さっきは、……ごめんな?」
受け取ってすれ違い様にそれだけ言って洗面所へ向かう。
かぁちゃんがいつもやっているようにスーツをきちんとたたんで洗濯ネットに入れてかごに入れておく。
ふぅとひとつ息をついて洗面所を出ようとすれば床に落とした視線の先に千鶴のつま先が見えた。
ハッと顔をあげれば、洗面所の入り口に手をかけて、こっそり隠れてるみたいな千鶴がちょっとだけ顔を覗かせていた。
「っのわっ!?」
「あっ…、ごめ…!」
まさかついて来てるなんて思ってなっかったからマジでビビって思わず変なポーズになるオレに千鶴も目を大きく開いて驚いている。
「あ、あの…」
心臓バクバクのオレに何かいいたげな千鶴。
「な…、何?」
「あの…、あのね…、さっきの…」
言いづらそうに視線を洗面所の床に落として目を伏せる…
「あ、だからその……、マジでごめん。ホント嫌だったよな。怖がらせてごめん!」
ガバッと頭を下げて謝る。
まだ土方先生みたいに相手の顔をじっと見て謝るなんて事できなくて、
もっと男らしくならねぇと……。
なんて下げた頭ん中で考えてると、
「あの!違うの!」
小さい声だけどはっきりとした、
でも少しだけ慌てるような千鶴の声に顔をあげると、顎の下で両手をぎゅっと握ってうつむいている千鶴が顔を真っ赤にしてて…、
何が違うんだろと言葉の意味を探るように千鶴の顔を見ていると、カァーーーーと聞こえてきそうなくらい顔が真っ赤っかになっていって、ぎゅっと一度目をきつく瞑った後、きっと目を開いてオレを見上げてきた。
その瞳の力強さに一瞬たじろいでしまいそうになったけど、次に聞こえた千鶴の言葉にオレはたじろぐどころかひっくり返っちまうんじゃないかと思うくらい意表を突かれる。
「あの…、わたし、さっきは何が起きたのかわからなくて……。でも気付いたら嬉しかったの!」
……………。
「………、って………、え?」
うれ…、しかった………って…、
「え?」
オレの方が千鶴より背が高いはずなのになぜか見上げてるような感覚で千鶴の目を伺い見ると、真っ赤な顔で、だけどオレから目をそらすことなく真っ直ぐ見つめてさらにオレを驚かせる。
「だから…!……どうしてあの時あんなことしたのかはわからないんだけど……。
でも、わたし、平助くんにぎゅってされたの、嫌だなんて思ってない!」
言い切った千鶴は洗面所に足を踏み入れ広くない空間にオレと千鶴の距離が縮まる。
千鶴が退かなきゃ風呂場にしか行き場のないオレに近づく千鶴の手がオレの手をきゅっと握る。
「嫌じゃないよ…?」
潤んだ瞳で、至近距離で見上げられて、
それって………、
「それって……、」
「うん……。」
それって……
バクバクと大騒ぎの心臓と、
さっきの千鶴みたいに一気にカァーーーーっと熱くなるオレの顔。
オ……、オレ……、
「オレ………」
「千鶴が好きだ」
「平助くんがすき」
千鶴が握る手をオレもぎゅっと握り返せば両手と両手で繋がりあって、ふたりで笑う。
「ごめんな?オレ、千鶴と気まずくなっちまうかと思って……、ホントいきなり悪かった」
もう一度謝れば顔を横に振って
「ううん、わたしも…、ずっと言いたかったけど、平助くんとの関係が壊れちゃうんじゃないかと思ってずっと言えなかったから…。でも……、これからも変わらないよね?」
頭をコテンと傾げて見上げる千鶴に、ふっと嬉しい気持ちが混み上がってきて、オレは首を横に振る。
「…え?」
目を見開く千鶴をぐいっと抱き寄せて千鶴をオレの胸にぎゅっと閉じ込める。
「もうただの幼馴染みの関係は卒業だ」
いいよな?
そう言って千鶴の顔を覗き込めば、目を真ん丸に見開いた千鶴がオレを見上げる。
だけどすぐににっこりと笑ってくれて
「うん!」
とサイコーにかわいい顔を見せてくれた。
「これからも千鶴の一番近くにいるからな」
「うん!」
お互いサイコーの笑顔でおでことおでこをくっつけて笑いあった。