平助の母親

□62.
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「苗字…、まだ決まんねーのか?」



社長が「余計なことは考えずに…」と言ってから、ものの数分でデザインも布地も決めてしまった原田さん。



「そんなこと言ったって…、もうわたしなにがなんだか…」



デザイン多すぎなんですよぉ!
と心で叫ぶ。

ペラペラペラペラ次から次へと目に飛び込んでくる華やかなデザインに目が回る…。



「苗字さんにはこんなのが良いんじゃないか?」



決めかねるわたしの様子に近藤さまが助け船を出してくれる。

それはお伽噺のお姫様が着ているようなウエストがきゅっと絞られそこからフワッと広がるプリンセスシルエット。


「いやいや、これでも一応大人の女なんだから…、こんなん良いんじゃねぇか?」


さらに原田さんがページを捲って見せてくるのはシンプルなんだけどボディラインくっきり、背中とスリットが大胆に開いたデザイン…。


「原田さん……。」


わたしを晒し者にでもしたいってんですか……。


もう何も返す言葉もなくてじとっと厭らしい人を軽蔑する時用の視線を向ける。。


すると部屋の扉が開いて、
……あれ?
わたしの幻聴…?

たくさんのデザインを見すぎてなんだかボーッとする頭を上げて幻聴かと思った声のした入り口へ視線を向けるとそこには



「悪いな、遅くなっちまった」



扉を閉めてドアノブに手をかけているトシくんの横顔が見えた。



「おぉ!トシ!いいところに来たな!早くこっちに来てお前も見てくれないか!」



近藤さまが待ってましたとばかりにトシくんを招き入れる。


「って…、どうして土方さんまで…?」



普通に入ってきたトシくんに何故?と原田さんが近藤さまへ驚きの顔を向けると


「彼らはわたしの幼馴染み…、と小学生の時から可愛がっていた後輩、なんだよ」



そう言って、ソファーから立ち上がり近藤さまとトシくんの後ろに立ち二人の背中に手をおく。



「松平先輩、お久しぶりです。遅くなってしまって…」
「いや、トシも急な呼び出しなのによく来てくれたね」
「ふっ、先輩の呼び出しを断るなんてできませんよ」
「はは、トシは相変わらずだな」



そんな二人のやり取りをポカーンと見上げるわたしと原田さんに、近藤さまが気が付き


「ははは、二人ともなんて顔しているんだ」
と笑う。


「いや、…だって、…なぁ?」
「…ビックリですね」


はははと笑われたってポカーンなわたしたち。


「明日、また日本を発たなくてはならなくてね…。君たちとの食事会ついでに勇を誘ってみたんだよ。原田くんは勇の担当営業だしね。それに君たちの授賞の話をしたらぜひ参加したいと勇も乗り気で。しまいにはトシにまで声をかけると言い出してね〜」



近藤さんの笑顔の後ろから、これまた笑顔の社長が話し出す。



「俺の原田くんと苗字さんのお祝いなんだから、そりゃぁ乗り気にもなるさぁ!それに松平社長にもこの機会を逃したら次はいつ会えるかわからんしなぁ」



なぁトシ!?といつものやり取りに社長が加わり、トシくんもいつもより嬉しそうに笑う。



「で?何を見てくれって?」



そう言ってトシくんがわたしの膝の上に置いたカタログに視線を向けて言うと、


「そうそう、コレだよ。苗字さんにはどんなドレスが似合うか見てくれないか?苗字さんはなかなか決められないようだからな。」



はははと笑ってトシくんにしゃがむように肩をぽんぽんと叩いて、トシくんもそれを合図にどれどれ?としゃがんでカタログを覗く。



「これ、迷ってんのか…?」



そう言ってわたしを見上げるトシくんの表情に


「……え…?」


なに?どうしてそんな「そりゃねぇだろお前」みたいな痛い顔するんだろう?と膝の上を見れば、そこにはさっき原田さんが開いたあのページ。



「えっ!?あ!!違っ!これ違いますから!これは原田さんので…!」

「……原田が着るのかよ………」



大慌てのわたしにますます痛い顔のトシくん。



「ははは!原田くん、それは無理だろう!」

「そうだよ。どれだけ言われてもそれだけはオーダーできないよ。」

「いや、俺のはもうさっき決めたじゃないですか…。」



大笑いの社長と近藤さまに呆れる原田さん


つられてわたしも笑って、そんなわたしを少し呆れたように微笑んで見上げるトシくんと目が合う。

目があった瞬間、ほんの一瞬、トシくんの微笑みが止まったように思えたけれど、それは誰にも気が付かれないほどの小さな変化だった。


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