平助の母親
□60.
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「なんかあったよな」
俺の問いかけに一向に答えない苗字。
答えないどころかこっちを向くことすらなく微動だもしない。
………ったく、わかりやすいやつだな。
「苗字」
「ひゃあっ!!」
ため息をついてそっと苗字の後ろに立ち、背後から苗字の机に手をついて呼び掛けると、よっぽど驚いたのか背筋をシャキンと音がするくらい伸ばして悲鳴を上げる。
「お、おい…、ビックリするじゃねぇか…」
「そ…!それはこっちのせりふですよもぅ…。なんですか、いきなり…」
お互いに驚いて脈打つ心臓に手を当てて肩で息をする。
「いや…、だから土方さんとなんかあったんだろって聞いてんのにおまえがなんも返事しねぇからさ…」
「え…」
「何があったんだ?」
目を見開いて俺を見上げ、「え」という顔のままの苗字の目を覗きこむように腰をかがめて見れば、僅かに揺れる瞳。
間違いなく土方さん絡みだという事実をその瞳が物語っている。
「やっぱり土方さんだろ」
決めつけたような俺の問いかけに一度キッと唇を真一文字に結びすぐに開いた。
「だから、鞄が濡れた事と土方先生は関係ありません!」
「じゃあ、なんだよ?おまえ、山南部長が来た後からいつもと様子が全然違ってたぜ?大方平助に電話してなんか誤解でもされたんじゃねぇのか?『仕事とかいってほんとは土方先生とどっか寄り道するんだろ!』なんてな」
「え……。」
「…え………って…」
思い付きで言った事だったが、あながち間違いじゃなかったようで、俺まで拍子抜けするくらいまた「え」の顔でフリーズする。
「……あ、あの…、違うんですけど…。」
「ですけど…?」
何か言いたそうな苗字の言葉尻を取って聞き返す。
「あの…、え…っと、何故そんな事言うのかな〜…?」
めちゃくちゃ図星を指されて視線をさ迷わせているのに、まだそれを認めようとしない苗字がおかしくて、つい顔がにやけてしまう。
「何故って…。おまえと土方さん見てりゃ、誰だって気付くだろ。二人が良い仲だって。そんなもん見せられたら思春期真っ只中の中二少年はへそ曲げちまうだろフツー。どうせ昨日もそんな感じで鞄落っことしちまったんじゃねぇの?何だかんだ一悶着して。」
軽く笑いながら言ったのに苗字の顔は愛想笑いもない、ただ、目を見開いて驚きを隠せない表情で額からたらりと汗でも流れてるんじゃないかっていう顔だ。
「当り…だろ?」
苗字に顔を近付けてニッと笑えば、一際大きく目を見開いてバッ顔を逸らす。
「は…、ハズレだし…!へそなんて…曲げたり…なんか………」
否定するのそこかよ…。
くっくと喉の奥で笑って自分の推察力の鋭さに感心していると、苗字のムッとしたオーラが伝わってきてにやついた顔で「?」と首をかしげてみると、少しむきになった口調で喋りだした。
「…平助は別に千鶴ちゃんがいればわたしなんてどうでもいいんですよ。土方先生と結婚しようがなんだろうが、どうだっていいんですよ、あの子は…。」
そう言うとめちゃくちゃ悲しそうな顔で視線をデスクのキーボードに落とす。
「今日だって…、帰ったらきちんと話そって言ったのに、かぁちゃんと話しても何も変わらないからいいって…」
俯いた苗字は小さくすんと鼻を啜る。
は?今なんてった?
…結婚……?土方さんと……?
「ちょ…、まてまて、結婚って…!」
いくらなんでも展開早すぎだろ?
ハッと顔を上げて口を滑らせた事に対して目を丸くしている苗字に、俺も
目を見開いてその先を聞き出そうと口を開けた瞬間、
「お待たせして申し訳ありません!さ!急いで行きますよ!」
事務所の奥の裏口がバンと開いて山南部長が登場する。
急かされるまま事務所を後にして、話途中で一番肝心なところをおあずけ喰らった俺はため息つきつつ山南部長の車に乗り込んだ。
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