平助の母親

□59.
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「平助くん、ケータイ鳴ってるよ?」


千鶴に言われて背中に担いだボディバッグの中の着信音に気が付く。

「んぁ?ホントだ」

そう言ってバッグを背中から前にまわして中身を取り出す。


「あれ、かぁちゃんだ…」


画面を見れば着信はかぁちゃんからで、しかもメールじゃなくて通話着信。

「電話?何かあったのかな…?」

呟く千鶴を見つつ、通話ボタンを押して耳にあてる。


「もしもし?」
『あ!もしもし平助?かぁちゃんだけど』


かぁちゃんだけどって…、言わなくてもわかるっつーの。


「なにもー?着信画面にかぁちゃんって出てるからわかってるってぇ…」


あたまをボリボリしながらこたえると、横に座る千鶴がくすくす笑ってる…。

そんな千鶴がかわいくて思わずオレもクスッと笑ってしまう。


「で?なに?かぁちゃん仕事中なんじゃねぇの?」

千鶴から視線をそらして正面の少し離れた先にいるキリンを見ながら聞くと、電話の向こうからゴクリと少し緊張した様子が伝わってくる。


『う、うん。あのね、今日…、会社の社長さんとそれから原田さんと…、あと部長も来るのかなぁ…?……う〜んと、…よくわかんないけど、とにかく社長に呼ばれて帰りが遅くなりそうなの…。多分22時くらいには終わるんじゃないかって言われたんだけど…。だから千鶴ちゃんにも遅くなるって伝えて?あ、あとそれから………』


そう言った後、黙りこむかぁちゃん。


「??……かぁちゃん?」

どうしたんだよ?と声をかけると不安げなかぁちゃんの声が返ってきた。


『あ……、あとね、……、帰ってからでいいから、昨日のこと、ちゃんと話したいなと思って……』


そう言ってオレの返事を待つかぁちゃん。



昨日のことってアレだよな。
土方先生との………。

帰ってから話したいって、先生からいろいろ衝撃的なこと聞かされて、まだなんかあるのかよ…。
もうあんだけ聞いたんだから、別にかぁちゃんから聞くことなんてないと思うんだけど……。

聞いたところで、土方先生の気持ちもかぁちゃんの気持ちもオレがどうこう言うことでもねぇし…。


「……、てか、昨日のことならもういいって。オレ別に怒ってねぇし?昨日は驚いただけっつうか。かぁちゃんが土方先生と一緒にいて安心できるんならそれでイーじゃんっつうの?別にオレに気ぃ使う必要ないって」

そう言ってやると電話の向こうで『え………。』と気の抜けた声。

『や、でも…』

まだなんか言おうとする母ちゃんの声を遮って、

「別にかぁちゃんの話聞いたってなんも変わることないし、オレもよくわかってるつもりだから。だから昨日は怒鳴ったりして悪かったな!じゃ、仕事頑張って働けよ!」

そう言って無理矢理会話を終了させた。


ケータイをバッグに押し込んでまた背中にまわすと、横から千鶴が上目使いでオレの顔を覗いてきた。


「名前さん、昨日のこと?何って?」

正直、今はかぁちゃんとか土方先生とかどーでもいい。

今はそんなふうに聞く千鶴との距離が近くてドキドキするけど、なんか嬉しくて、
ぶっちゃけ大人の恋愛事情なんか気にしてる場合じゃねぇんだよ。


「ん、あぁ…、なんか今日帰り遅くなるけど帰ったら話したいってゆーからさ、別にもういいって言っといた」

「ふふ、もういいんだ?」

なんか楽しそうに笑うから思わず顔が熱くなる。

「な、何がおかしいんだよ?」

「ふふ、なんでもないよ!」

「なんでもなくねぇじゃん!笑ってんじゃん!」

なんかマジ照れるっつーか、楽しいっつーかつーか?

「ゴメンゴメン!…それで名前さん、何時くらいになるの?」

目のはしに滲んだ涙を擦りながらまだ笑ってる…。
そんなに笑えるか?

「………、22時くらいっつってたけど?」

ちょっとむすっとした声で答えると、「じゃあ…、」と言って千鶴の肩がオレの腕に触れる。

ドキッとしてそっちを見れば、上目使いの千鶴の顔………!


「っ!!?」

そのかわいさ、というか、えっ!?ナニコレ!?ウソだ!マジやべぇ!
千鶴ってこんな女っぽかったっけ?

そんなに千鶴に見つめられてマジで顔が熱い!
つぅか、全部熱い!!
なんか一気に気温上がってね?


硬直状態のオレに、さらに追い討ちをかける千鶴のひとこと。


「じゃあ…、名前さんが帰ってくるまで…、………二人っきりだね……。」

そう言って目を伏せてほっぺたをピンクに染める千鶴に、

オレの頭は完全オーバーヒート!



やべぇ……。




オレ…、マジでおかしーわ……。
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