平助の母親
□57.
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☆★告白。★☆
パタンと扉の閉まる音がして、階段を降りてくる複数の足音。
それまで両手をこめかみにあてて見つめていたダイニングテーブルから視線を上げて戸口を見ると、近藤さまと千鶴ちゃんに続いて平助も戻ってきてくれた。
「平助っ…!」
思わず立ち上がって駆け寄ろうとするとリラックマのマグカップを目の前につき出されて急停止する。
「ぅあ…っ!」
「……、かぁちゃん」
目を見開いて驚く私に平助が呟く。
なにかと思って平助の目を見ると、少しだけ目の下を赤くして、
「オレもうガキじゃねぇんだから、…砂糖入れすぎ!」
そう言ってマグカップを押し付けるように私に持たせてソファーに座るとしくんの正面にローテーブルを挟んでどすんと床に座る。
私も千鶴ちゃんも近藤さまも、そんな平助の様子を立ったまま見守る。
「……………。」
「……………。」
平助もとしくんもお互いの目を見たまま、何も言葉を発することなくしばらく沈黙が続く。
平助はとしくんの瞳の奥を伺うように…、
としくんもそんな平助の気持ちを伺うようにじっと見つめる。
「土方先生はさぁ…」
ふと平助から話し出し、リビングに時の流れが戻ったように動き出す。
「土方先生は、…かぁちゃんと結婚すんの?」
突然の平助の言葉に驚いて口から一気に大量の空気を吸い込んでしまう。
「…っ!?……げほげほっ…ごほっ…!!」
「だ、大丈夫ですか?名前さん!?」
とっさに千鶴ちゃんが背中をさすってくれる。
噎せるわたしなんかその場にいないかのように見つめあったままのふたり。
平助の問いかけにとしくんは真っ直ぐ平助の視線から目を逸らすことなく返事をする。
「あぁ、できればな」
その一言にその場にいる全員がそれぞれの反応をする。
千鶴ちゃんはわたしの背中から手を離して顔の前でパチンと手を合わせて喜び、
近藤さまもウンウンと嬉しそうな表情で頷く。
わたしはわたしで、むせて苦しんでしかめてた顔がビックリ顔に変化して、今度は息が止まってしまう。
「で…、できればなって、どおいう事だよ!?」
真っ直ぐなとしくんの瞳に怯みそうな平助の問いに、またまたとしくんは真っ直ぐに、静かに答える。
「……、本当は…、お前らが卒業してそういう会話ができるくらいまで黙ってようと思ってたんだが…。しょうがねぇよな…。」
そう言ったとしくんの表情は柔らかで、目を見開いていた平助もそんなとしくんの顔を見て徐々に力が抜けるように床に腰をおろした。
「情けねぇ話だが、俺はお前の母さんに惚れちまったんだ。ずっとそばに置いときたいくらいにな。」
開き直ったようにソファーに背中を預けて話し出すとしくんを黙って見上げる平助。
「お前や千鶴の前でにこにこ笑って、仕事も一生懸命楽しそうに笑顔振り撒いて、いっつもまわりに微笑んで…。」
先生の視線はいつの間にかサイドボードに置いた写真立てに向けられて、平助もとしくんの視線につられるように写真を見つめる。
「一人で懸命にお前たちの笑顔を守ろうとする名前に…、オレも支えになってやりたいと思ったんだ…。一人でいろいろ抱え込んで誰にも言えない思いをオレが受け止めてやりたいってな…」
そこまで言って、視線を手元に下ろすとふっと自嘲気味な笑いを漏らして右手を額に当てるように前髪をかきあげる。
「けどな、気が付いたんだよ…。支えてやりたいんじゃなくて、オレが名前にそばにいてほしいんだってな…」
ふっとまた息を溢して笑う先生はきっと今まで見せたことないくらいの表情を平助に向けている。
「………っ!」
「教師と保護者って立場があるし、ましてや名前にはお前たち子供がいる…。お互いの感情だけですぐにどうこうなんてできねぇってわかってはいたんだが…。やっぱりこういうのは隠しきれるもんじゃねぇんだよな」
そう言って、ソファーから背中を離して平助に顔を近付けるように前のめりになってひとこと。
「だからって今すぐお前の母さん拐って独り占めしようとかそんなこたしねぇから安心しろ」
「なっ!?」
ニヤリといつもの悪魔のような表情を間近で見た平助は目をまんまるく見開いて焦り出す。
「お前が立派な大人になって、もういいって言うまで名前はお前のそばに預けとく。」
「はぁっ!?」
「だから早く親離れしてくれよ?」
「っ…はぁあ゛!?」
何を言っても驚いた声しか出さない平助に苦笑いのとしくん。
何もそんな言い方しなくてもいいのに…。
「い、言っとくけどなぁっ!オレにくっついて離れないのはかぁちゃんの方だっつの!!俺は別にかぁちゃんなんかいなくても千鶴がいればじゅーぶんなんだっつぅの!!」
「ほぉ?」
「へっ…、平助くん…」
「…………、あ………」
勢い余ってみんなの前で告白した平助。
わかってはいたけれど……。千鶴ちゃんのこと好きだって……。
でもかぁちゃんいなくていいって………。
ヘコむなぁ〜………。