平助の母親

□54.
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「いやいやいや。雪村くんはいつお嫁にいってもおかしくないくらい料理上手なんだな〜!」

なんやかんや慌ただしく時が過ぎ、千鶴ちゃんが用意してくれた食卓を今日は大人三人と子供二人がぐるりと囲う。

お誕生日席に用意した椅子に座る近藤さまの満面の笑みに千鶴ちゃんも頬を赤らめて微笑んでいる。

「お、お嫁だなんて…」

そんな照れた千鶴ちゃんをかわいいなぁと見ていると、平助が「そんな事よりさ〜」と話題を変えてわたしと近藤さまを見る。

「かぁちゃんと校長先生が知り合いだったなんて…、そんなことってあるのかよ?」

「ふふ、ホントそうだよね。私もビックリ」

お茶碗とお箸を絶対離さない平助と私もお箸を持ったままの手を口元に当てて笑う。

「いやー!俺は自分の学校の生徒のお母さんがこんなに若くて可愛らしいことの方がビックリだよ〜!苗字さんはオレの癒し系ブログアイドルだと思っていた人だからなぁ!そんな憧れの人がまさかこんなに身近な人だったとはな!ははははは!」

豪快に笑う近藤さまに千鶴ちゃんもふふふと可愛らしく笑って、平助ととしくんは近藤さまの発言に苦笑い。


「つぅかさぁ、学校の先生がこんなに頻繁に生徒の家に来たりとかってありなのかよ?去年の先生なんて一回も来なかったぜ?」

「そうなのか?」

「そうだよ。土方先生なんてこれで何回家で飯食ってんだよって感じ?」

平助の疑問に近藤さまがキョトンとした顔で尋ね、ドキッと心臓が跳ねる。

そ、そうだよね…。今までの先生って個人懇談とか行事とかで学校に行く用事がない限り、そんなに会うことなんてなかったし、学校の外で会ったりなんて一度もなかったもん…。

わたしもとしくんも黙っていると千鶴ちゃんがぽそっと鈴が転がるような声色で呟いた。

「それは…、土方先生は私が無理いって引き留めたりしてるからだし…。それに…、それに名前さんにみんなが引き寄せられてるから、じゃないかな?」

その小さな呟きにみんなが千鶴ちゃんの顔へ視線を向ける。
一斉に集中した視線を受けた千鶴ちゃんは、一瞬肩を跳ね上げて身を縮めたけれど、ポッと頬をピンクに染めたまま柔らかくはにかんで、

「名前さんって、一緒にいるとその場の空気が穏やかになるっていうか…、一度話したらまた会いたくなるって思うというか…」

そこまで千鶴ちゃんが言うと近藤さまがすごい勢いで頷き目を爛々と輝かせて言葉を続ける。

「そうなんだよ雪村くん!君は実によくわかっている!それなのになぜ今までの先生たちはこうして来たりしなかったのか…???」

「いや、来る方がフツーじゃねぇんじゃねぇの…?」

大興奮の近藤さまに呆れながら平助が呟く。

「いや、平助くん!君はまだまだわかっとらんな?君はこんな素敵な女性が身近に、いや、それも肉親として存在しているからその有り難みがわかってないのだよ。会いたいのに会えない。声を聞きたいのに聞けない。そう思ってた人が今ここにいる!男だったらこの奇跡のチャンスを逃すことなんてできるわけないだろう!会いに来るだろう普通!!」

「校長先生おかしくなっちゃたよ…」

完全におかしなものを見るような眼差しの平助にそれまで呆れながらも黙っていたとしくんが声をかける。

「まぁ…、言ってることは多少ズレてるが、…お前は恵まれてるってことだ。人が羨む環境にいるんだから感謝しろよ?普段感じない事ほど、失ったときに初めてその大切さが身に染みるってもんなんだ」

としくんの眼差しが平助には思ってもみないものだったのか、ポカンとした表情で何も言えずに動きが停止している。

そんな平助をよそに、また千鶴ちゃんがぽつりぽつりと話し出す。



「私もそう思います…。まだ幼稚園児だったからハッキリとした記憶じゃないんだけど…。それまで当たり前にそばにいたママが、ある日突然家にいなくなっちゃって…。会いたくても会えないし、いろいろ話したいことも…。聞きたいと思うことがあっても、もうママには届かなくて…。
だけど…、
私…、名前さんがいてくれるだけでとても安心するっていうか…、小さい頃からいつも見守ってもらってたから…、名前さんがそばにいてくれるだけでホントにほっとするんです」

「千鶴ちゃん……」


千鶴ちゃんの言葉が嬉しくて、胸の奥がきゅっとして、言葉が出てこない…。

嬉しくて、心が震える…。


「名前さん、いつだって笑顔でいてくれて、…私、そんな名前さんを見てると私も強くなりたいって思えるんです。どんなことがあっても、絶対に弱音なんて言わずに、どんどん笑顔が輝いてく名前さんみたいな…、そんな素敵な女性になりたいって!」

両手をお箸を持ったままぎゅっと拳を握って顔をあげる千鶴ちゃんにみんなが優しく微笑んで、千鶴ちゃんもえへ、と照れ笑いを浮かべる。

「うんうん、素晴らしいじゃないか!」

今日は実に良い日だ!と笑顔で大きく頷く近藤さま。


言われた私は笑顔でいなきゃいけないのに、視界がぼやけて…。

すると頭の上にぽんと手が置かれ、その手がぽんぽんと優しく動く。

「お前のこと、子供たちはちゃんと見てわかってるってことだ」

見上げれば優しいとしくんの眼差しが私の顔を覗きこんでいて、子供たちの前じゃ絶対見せない私の弱い部分が出てきてしまう。

「う…、としくん…っ!」

堪えきれずに崩壊した私の涙腺、
子供のように泣きじゃくる私をぽんぽんととしくんも子供にするように優しく背中を擦ってくれるから、泣きながらとしくんの胸に甘えてしまう。

「……、かぁちゃんが泣いた…。つかとしくんって!?」

「名前さん…」

驚く平助とどこか嬉しそうな、ホッとしたような声で呟く千鶴ちゃんの声が聞こえても、
千鶴ちゃんの言ってくれた言葉が嬉しすぎて、
としくんの手が優しくて、
その胸から顔を上げられずに溢れる気持ちを止められなかった。



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