平助の母親
□46.
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名前がキッチンでがさごそし始めると、千鶴も慌てて動き出す。
「名前さん!ご飯の用意は私がやりますから!」
「ありがと千鶴ちゃん、でも今日はわたしもいるんだから一緒にやろ?」
キッチンから名前を引っ張り出そうとする千鶴に微笑みかける。
「で、でも…、名前さん、お仕事して疲れて帰って来てるのに…」
「千鶴ちゃん…」
名前はひしっと千鶴の手を取って
「ありがと!ほんと千鶴ちゃんは優しいね!でも大丈夫。わたしなんかより千鶴ちゃんの方が学校や部活、一生懸命やってきて疲れてるでしょ?わたしがいるときくらい、気を使わなくていいんだよ?」
二人がそんなやり取りを始めたから、長居は無用とばかりに斎藤に帰るように視線を送る。
ぐるぐるに巻かれたテーピングを押さえつつソファーから立ち上がり、俺の横に立ち頷く斎藤。
「それじゃ、俺たちゃ帰るよ。帰ってきて早々悪かったな」
「お手数お掛けしてしまい申し訳ありませんでした」
斎藤は折り目正しく頭を下げるとテーピングを腕から外し、コールドパックもテーピングと一緒に名前に差し出す。
押し付けるように渡され、名前も自然にそれを受けとるが、すぐに目を丸くして受け取ってしまった自分に驚いた様子で慌て出す。
「ちょ、ちょちょっと!ダメだよちゃんと冷やしてなきゃ!」
斎藤の左手にさっきと同じようにコールドパックを宛がいぎゅっと握りしめて胸の高さに上げる。
「それに内出血してるんだよ?ちゃんと圧迫して高くしてなきゃダメでしょ!」
いつもの名前からは想像もつかないほどの剣幕で、俺も斎藤も、
そして総司まで唖然としてしまう。
「怪我した時はおとなしくかぁちゃんの言うこと聞いとかないと、後々ずぅ〜っと言われんぞ?『あの時ああしとかなかったから!』…ってね」
平助が頭の後ろで手をくんで、イタズラっぽくにししと笑う。
「だって!こういうケガは最初の応急処置で全然治りが違うの、平助だってよく知ってるでしょ?とにかく、ちゃんとできないなら帰せません!ほら、座って!」
プリプリしながら斎藤を回れ右させてソファーに無理矢理座らせる。
「冷たくても我慢だよ!?」
「は…、はぃ…」
……、さっきは我慢するなって言ってなかったか…?
あっけにとられた斎藤は名前の気迫に圧され、素直に返事するしかできない様子。
そんな斎藤の頭を優しくポンポンと小さな手で撫で、
「よしよし、冬じゃなくてよかったね」
とつり上げていた目を細めてにっこり微笑んだ。
「さ!それじゃーみんなでご飯の準備にしましょうか」
パチンと手を打って、みんなの顔を見回す名前は、すっかり頼れる母親の雰囲気だ。
「い、いや、俺たちは…」
こっちが名前のペースについていけずまごついてしまう。
「今帰したら一くんの手が治るの遅くなっちゃいますよ?ほら、手を洗いにいきましょー!平助、連れてって!」
俺の背中を押し、総司の腕をつかみ平助を呼ぶ。
「てかマジかよ〜」
かなり嫌そうな表情で渋々寄ってきて洗面所まで俺たちの後ろから歩き出す。
「ほらもー勝手に洗って」
なげやりな態度で俺たちに洗面所へ入るように促す平助に総司が顔を近付ける。
「ねぇ…。さっきかあちゃんって言ってたけど…。それってまさか…、名前ちゃんのことじゃ無いよね?」
「は?あの流れで他に誰がいるってんだよ。あんた話聞いてなかったのか?」
廊下の壁にもたれてバカにしたような目付きで総司を見上げる平助の言葉に、一瞬理解できなかったのか動きがフリーズする。
「え……?」
目を見開いて半笑いの表情で固まっていたが、やがて壁に手を付き、もう片方の手で額を押さえ、脳内を整理するかのように小声でなにかを呟いているようだ。
そんな総司を「うわ…、なんかこいつヤベェよ…」というような目付きでそっとその場を離れてそそくさとリビングへ戻っていく平助。
俺も手を拭き終わり、触らぬ神に祟りなしとばかりに総司を避けてその場を後にした。
「名前ちゃんが……、お母さん………?しかもあんな子の……。お姉さんじゃなくて………?」
呟く総司はしばらくその場で佇んだままで、なかなか戻ってこない事を不思議そうに
「あれ?沖田くんは?」と首を傾げる名前に、俺と平助は視線だけを合わせて「さぁな」とだけ答えておいた。
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